宇野千代が「桜も日本一、錦帯橋も日本一、 こんな日本一の故郷を持っている幸せ者が 二人とあるだろうか。私は、とても故郷に感謝 している。人間をつくるのは、故郷なのです。」 と、こよなく愛した名橋・錦帯橋。 |
|
川西にある宇野千代の生家。. 玄関には「宇野千代」と表札がかかっている。 錦帯橋から車で7分の旧街道筋にある。 |
|
宇野千代生家の庭。 薄墨桜ともみじ、そして苔むす庭は 四季折々楽しめる。 |
|
宇野千代生家近くの教蓮寺にあるお墓。 | |
おはんが、「ええ心持になって風にふかれていた」 臥龍橋。 これを渡ると宇野千代の生家は近い。 |
|
「水西書院の娘」の舞台となった水西書院。 川西に現存している。春は薄墨桜が美しい。 旧藩主吉川家の居宅として使用されたが、 その後は吉川家の別邸となっていた.。 |
|
おかよが抱えられていた大明小路にある 「半月庵」。 今も割烹旅館として営業している。 錦帯橋より徒歩3分と近い。 |
|
吉香公園の紅葉谷にある宇野千代の記念碑。 小説「おはん」の冒頭の1節が彫られている。 |
|
吉香公園内にある石碑。 「幸福は幸福を呼ぶ 宇野千代」と 大きな字が彫りこんである。 |
|
宇野千代も通ったという岩国学校。 岩国小学校の敷地の1角に移設されている。 多くの偉人が輩出された。 |
|
![]() |
おはんの息子悟が落ちて亡くなった 錦帯橋の下流にある龍江の淵。 |
宇野千代も利用したであろう西岩国の駅舎。 昭和初期に建てられた洋風建築で 有形文化財となっている。 |
大名小路、突き当ったところに錦帯橋がある。 | |
白い浴衣を着たおはんが通っていった 曲尺(さしもの)町の路地。 |
トップへ戻る