岩国教会礼拝メッセージ

2026年1月4日
礼拝メッセージ

「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。

 主はその民を訪れて解放し、我らのために救いの角を、

 僕ダビデの家から起こされた。」

 ルカによる福音書16869

洗礼者ヨハネの父親として選ばれた祭司ザカリアは、天使の教えに従い子どもの名前を人々の前で告げた時に「口が開かれ、
舌がほどかれ(64)」主なる神様を賛美して預言しました。その冒頭に告げられたの事が「ほめたたえよ。イスラエルの神である主を。」という人々への呼びかけでした。ザカリアは言葉を語る事ができなかった10ヶ月の間、神様に対する信頼と従順を学びました。イスラエルの歴史を通して、どんなに大きな御業を行って下さったのかを聖書の言葉から教えられました。私たちも聖書の神の言葉を聞き続けて、神様が私たちの間で行って下さった救いの御業を感謝し賛美を捧げていきたいと思います。

 

2026年1月11日(日)
礼拝メッセージ

あなたの道を主にまかせよ。

信頼せよ、主は計らい、あなたの正しさ光のように、あなたのための裁きを真昼の光のように輝かせてくださる。

 

詩編37:5.6

 

詩編の記者は神様から知恵を得た王様のように人々信仰に生きる道を教えています。この世界を見る時、不正を行う者、悪事を謀る者は、?栄し、豊かな生活を楽しんでいるように思えてしまいます。その中で詩編記者は、主に信頼する事、主の教え、み言葉に従うことの喜びを教えます。「神の祝福を受けた人は地を継ぐ」「主に従う人は地を継ぐ」「主に従う人は地を継ぎ「いつまでも、そこに住み続ける」と繰り返し教えています。神様は主に従う者に安心して生活できる場所を与えて下さり、神様に感謝し、礼拝する者たちとしてくださる事を教えられます。

2026年1月18日(日)
礼拝メッセージ

異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。

                  
                   ルカによる福音書232

 

エルサレムにいたシメオと呼ばれる預言者は、御霊によって主が遣わすメシアに会うまでは決して死なないとお告げを受けていました。彼は、この主の言葉を信じて忍耐強く主を待ち望み祈り続けていました。そして、いつものように神殿で祈りをささげようとしていました。その時に、霊の導きを感じて、多くの人々の中で神様を礼拝する一組の家族を見ました。神様はシメオンに感動を与え、小さな赤ちゃんのもとへと導きました。そして、賛美の言葉を与えました。神様は私たちにもイエス様との出会いを与えて下さり、賛美の言葉を持たせてくださる事を教えられます。

 

2026年1月25日(日)
礼拝メッセージ

異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。

                    
                   ルカによる福音書232

 

エルサレムにいたシメオと呼ばれる預言者は、御霊によって主が遣わすメシアに会うまでは決して死なないとお告げを受けていました。彼は、この主の言葉を信じて忍耐強く主を待ち望み祈り続けていました。そして、いつものように神殿で祈りをささげようとしていました。その時に、霊の導きを感じて、多くの人々の中で神様を礼拝する一組の家族を見ました。神様はシメオンに感動を与え、小さな赤ちゃんのもとへと導きました。そして、賛美の言葉を与えました。神様は私たちにもイエス様との出会いを与えて下さり、賛美の言葉を持たせてくださる事を教えられます。

2026年2月1日(日)
礼拝メッセージ
三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。

ルカによる福音書2章46節

 

イエス様と両親はユダヤの慣習に従って毎年、過越し祭を祝うために神殿への旅を繰り返していました。イエス様が12歳になった年に事件が起こりました。祭りが終わり、人々が帰路についた時、イエス様はただ一人エルサレムの神殿に留まっていました。イエス様は神殿の中で、律法学者の一人として、大人たちの間で議論していました。「聞いていた人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた(47節)。」とあります。主イエス様はまことの神、まことの人として、人々に、神の言葉を告げることができるお方であり、神の知恵によって教えることができるお方です。私たちはこの主に出会い、主によって父なる神様を知るように招かれていることを教えられます。
2026年2月8日(日)
礼拝メッセージ
アンナスとカイアファとが大祭司であったとき、神の言葉が荒れ野でザカリヤの子ヨハネに降った。

ルカによる福音書32

 

この福音書を記したルカは主イエス・キリストの救いが世界史の中で起こった事件であることを証言しています。その歴史性を伝えて、教えられた信仰を持ち続ける事を励まして「お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります(14)。」と記しています。イエス様が福音を宣教するのに先立ち、洗礼者ヨハネが人々に悔い改めの洗礼運動を行ったことが記されています。それは、預言者イザヤが告げた預言の成就であったと福音書の記者は証言します。神の言葉は荒野のヨハネに降りました。それは、かつて奴隷の家から解放された、荒野を旅するイスラエルの民に神様が神の戒めを与えて下さったことを思い起させます。神様は、神の民を荒野で神の民にふさわしく教育してくださいます。それは今の時も同じように、私たちに神の言葉が荒野に置いて与えられることを教えられます。
2026年2月15日(日)
礼拝メッセージ
イエスは、「『人は、パンだけで生きるものではない』と書いてある」とお答えになった。

ルカによる福音書44

 

「主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたもあなたの先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口からでるすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった(申命記83)。」という旧約聖書の言葉を用いて、主イエス様は悪魔の誘惑を退けて行かれました。「悪魔はあらゆる誘惑を終えて、時が来るまでイエスを離れた(13)。」悪魔はあらゆる試みを尽くしてイエスを離れた。「事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです(ヘブライ人への手紙218節)。」と記されていることを思い出します。

 

拝メッセージ