えさも無くなってきたころ、O川さんの浮きが再び沈みました。
「I色さん、ボクの、沈みましたよ」
O川さんのこの声と同時に、私の浮きも沈みました。
今度こそ釣り上げてやると、神に祈るように浮きを見ていましたが、
やはり逃げられてしまいました。
 
O川さんの方を見ると、まだ浮きが沈んだままです。
「ぜんぜん、走らん。また逃げられたかな?」
今日の太刀魚は、飲み込んだあと走った場合はよく釣れるのですが、
走らない場合は、逃がすことが多かったのです。
どうせ、また逃げられるのかと思ったとき、O川さんがうなるように言いました。
「お、走った!もっと走れ、もっと走れ!」
「おーおー、走る走る。これはすごいぞ。I色さん、もうあわせてもいいかねえ?」
そんなことを言われても、私の指示で合わせて逃がしたら、責任がとれないので、黙っていました。
 
深呼吸したO川さんは、オープンにしていたリールをロックし、大きくあわせました。
「来いっ!」
いつになく竿がしなります。
キタ―――(*^_^*)―――ッ!!
O川さんが叫びました。「こ、これは大きい。」
リールを巻けないほどの引きです。
竿をしゃくっては、2・3回リールを巻いています。
あまりの引きに、ワイヤーが切れそうな雰囲気です。
 
O川さんは、先日の坊主に懲りて、私のと同じ、1本針の仕掛けに替えていました。
市販の1本針で、かなり小さな針と細いワイヤーです。
今日の太刀魚は小さいのばかりだったので、この仕掛けでも対応できたのです。
 
しかし、今度は大物です。悪いことに、O川さんは、1回も仕掛けを取り替えていません。
今までの太刀魚の歯で、ワイヤーは傷んでいるはずです。
切れるのは時間の問題でした。
 
巻いては走られ、走られては巻くを繰り返し、ようやく、防波堤の下まで寄ってきました。
出井の防波堤は高さが5mぐらいあります。ちょうど大潮の干潮でした。
引き抜くのは危険が伴います。しかし、タモもありません。
 
O川さんは、必死の形相で竿を持っています。
さあ、引き上げるぞ!と構えたときに、また太刀魚が走りました。
竿と一緒に持って行かれそうになり、よろめくO川さん!
「こ、これは、竿がおれる。引き上げるのは無理だ」
絶望的なO川さんが私の方を見ました。
私はとっさに
「糸を手でたぐって、引き上げるんだ!」
と言いました。
竿を私が持ってあげて、O川さんが糸をつかみました。
巨大な太刀魚との格闘です。
O川さんの手から、血が滴ります。
手に持った糸が海水で滑り、摩擦で手のひらが切れるのです。
狩猟民族のO川さんは海に飛び込んででも捕獲しそうな勢いですが、
さすがにここは出井港。
防波堤が高く、一度飛び降りたら二度とはい上がれません。
バシャバシャと海面を泳ぐ太刀魚を懐中電灯で照らしました。
遠近感を無視したような太刀魚がうねって水しぶきを上げています。
「絶対に取り逃がすなよ。こんな大物、滅多に上がらないぞ!」
 
折からの雲が晴れて、中秋の名月が凪の海面を照らしました。
 
格闘すること約10分。渾身の力を振り絞って、なんとか取り込むことができました。
傷んだワイヤー、小さい針、高い防波堤、安物の竿・・・。
数多くの悪条件を乗り越えて捕獲した太刀魚の何とも美しいこと。
太刀魚の体にO川さんの笑顔が映っていました。
その顔についていた水滴は、海水でしょうか。それとも・・・・
 
いつものように、太刀魚の首の骨を折って絞めようとしたのですが、
骨が太くて折れません。
 

結局、I色3本、O川4本でO川さんの勝ち!
弟子が師匠を超えた瞬間でした。
「木曜日にまた行こう」
そう約束して納竿しました。

これからはO川師匠と呼ばせて頂きます。
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