boomerさんのボディビル小説

続ライバル達の唄〜again

第一章

『修ちゃん、確か昔少しだけトレーニングやってたって言ってたね。O町に新しいジムが出来たらしいけど、
一緒に行ってくれない?一人だと心細くてさぁ…』



昼飯を食ってると、最近気になりだしたというお腹を擦りながら、幼馴染みの新ちゃんが 話し掛けて来た。

場所は、国道沿いのドライブイン…
馬鹿デカい駐車スペースがある為に、トラック運転手の溜まり場となっている。
俺も最近は、近場の仕事の時、昼食はこの店で済ませる様にしている。
昔ならば外食なんて、とても考えられなかった。


この町に辿り着いたのが今から2年程前…
あの事件があって以来、生きる気力を無くした俺は、何もかも捨て去り あの街を離れた…
まぁ、元々 何も持ちあわせちゃいなかったが…
別に、何処か行き先があった訳でも無い…
全国 いろんな場所を放浪した…
そして この町に流れ着いた…
ここで 幼馴染みの新ちゃんと十数年ぶりの再会を果たした。


新ちゃんとは、小学校時代ずっと同じクラスだった。
ガキの頃から人付き合いの下手だった俺の唯一の親友が、この新ちゃんだった。
しかし小学6年の時、父親を亡くした新ちゃんは、中学に入ると同時に 母親の実家のあるこの町に、 引越した。
それ以来 手紙のやり取りは続けていたものの、それさえも、いつの間にか音信不通となっていた。
放浪の旅の途中、何気なくうろ覚えの新ちゃんの住所を尋ねた。

そこで久しぶりの再会…

お互い声も出ない程の感激の再会だった。
十数年ぶりに会った新ちゃんは、あの頃と全然変わっていなかった。
お人好しで、明るく 面倒見が良い…
しかし実際は 随分と苦労をしたらしい。
父親を亡くし、周りは知らない人間ばかり…
いつの間にか不良グループの仲間入り…
高校は、僅か3ヶ月で退学になり、愚連隊の様な事もやったらしい。

『それがアイツと出会って変わったんだよね。』
酔うと新ちゃんは、必ず その話をする。
今の奥さんとの出会いが新ちゃんを変えたのだ。
真面目に生まれ変わった新ちゃんは、大型トラックの免許を取り運送会社に就職した。
そこでお金を貯めて3年前に独立…
社長の新ちゃん自らが、運転手も兼ねなければならない程の小さな会社だが、 立派な一国一城の主である。
あの歳で、未だ浮浪者の様な生活を続けていた俺とは大きな違いだった。


最初は一週間程滞在する予定だった。
だが、ある日

『修ちゃん、実は頼みがあるんだ。家の奴とも相談したんだが、会社手伝って貰えないかなぁ?実は新規の仕事が取れて運転手が足りないんだ。
大した給料は出せないけど、住む所は何とかするから。是非 修ちゃんと一緒に仕事したいんだ。』 と言われた。

嘘だ…もし本当に困ってたとしても、全く素人の俺なんかより、即戦力になる人間が欲しい筈…
何せ、当時の俺は大型免許なんて持っていなかった。
新ちゃんは、今の俺を見兼ねて、無理をしてくれている…
『そこまで甘える訳にはいかないよ。』
断りを入れた俺を新ちゃんは激しく叱った。
『何 水臭い事言ってるの!修ちゃんに何か辛い事があったの見ていたら分かるよ!幼馴染みだから…
でもね、このまま死んだ様に生きていく訳にもいかないだろ!
いつかは振り切らなきゃいけないんだ!良い機会じゃない!それに、本当に修ちゃんの力が必要なんだ。』

この言葉に動かされ、結局新ちゃんの会社にお世話になる事になった。
その後、大型トラックの免許を取得し、何とか一人前になる事が出来た。




『もう1度、もう1度ステージに戻って来て下さい!!』




名前さぇも思い出せない 若い雑誌記者の言葉が、耳の奥に蘇って来る。
3週間前だった…
隣りのT市で、大きなボディービルコンテストが行われる事を偶然知った俺は、 フラフラと出かけて行った。
かつては、俺も出場した事のあるコンテストだ。
あの事件以来、意識してボディービルとは、かけ離れた生活を送っていた筈だった…
なのに何故…?
どういう訳か、絶対に会える筈のないアイツに会えそうな気がした…
アイツが死んでから、一度も墓参りに行っていない…
もしかしたら、アイツの亡霊に引き寄せられたのかもしれない…

久しぶりに足を踏み入れたボディービル会場は、相変わらずの熱気だった。
俺は ステージの上に いる筈の無い アイツの姿を探した。
あの日、確かに俺はアイツと闘った…
あのステージの上で…
生命を削る闘いだった…
そして、俺は敗れ アイツは永遠に手の届かない場所に旅立って行った…



『なぁ、修ちゃん。今日の仕事が終わったら行ってみようぜ。』
新ちゃんの言葉で我に返った…
『い、良いけど 俺もずっと やっていないから…』
『その点は心配いらないよ。何でも有名なインストラクターが指導してくれるらしいからさ。 素人の俺でも、素人に毛が生えた程度の修ちゃんでも、
絶対大丈夫だって!それに修ちゃんガタイ良いか ら、何かやらないと勿体ないよ。』
新ちゃんの半ば強引な誘いで、俺は隣町にオーブンしたばかりのGジムに足を踏み入れる事になった。
そこで再び、荒野が待っている事も知らずに…





『うおぉぉ〜!!凄ぇ〜!』



隣で、新ちゃんが感嘆の声をあげた。
確かに、馬鹿広いフロアー内に悠然と並ぶ 最新式のマシン類は、初めて足を踏み入れた者を圧倒する。
その昔 俺が通っていたMCジムとは えらい違いだ。

隣町にオーブンしたばかりのGジム…

俺は 幼馴染みの新ちゃんに誘われて、見学にやって来た。
館内は お洒落なウェアーに身を包んだトレーニーで溢れ返っている。
仕事帰り、作業着姿の俺と新ちゃんだけが妙に浮いている。

『こちらがフリーウェイトゾーンになっておりまして、100キロまでダンベルが揃っています。』
案内役の若い男性スタッフが、実に丁寧に応対してくれる。
『おい。聞いたか?修ちゃん100キロだってさ。』
スタッフの説明、一つ一つに新ちゃんは感動している。
館内の一通りの説明を受け、俺達は奥のカウンター席に案内された。
そこで 今度は入会金、月会費等の説明を受ける。
『尚、今なら新装オーブンのキャンペン中で、入会金は半額になっております。』
ニコやかな 男性スタッフの最後の切り札を待つまでもなく、既に新ちゃんは すっかり その気になっている。
『修ちゃん、俺決めたよ。ここに通うよ。修ちゃんも決めちまいなよ。』

まさに突然 沸いて出た話である。
あれから2年…
ずっと トレーニングとは、かけ離れた生活を続けて来た。
今、俺の周りの人間で、その昔 俺がコンテストビルダーだった事を知る者は一人もいない。
親友の新ちゃんにさえ、その事は話していない。



『もう1度、もう1度 ステージに戻って来て下さい!!』



再び 若い雑誌記者の言葉が蘇って来る…

そんな気は 全く無い。
ボディービルダー 吉岡修司は、あの日アイツの魂と一緒に天に召されたのだ。
だが、そろそろ良い頃かもしれない…
新ちゃんが言う様に、何処かで振り切らなければならない。
趣味として、軽くトレーニングを始めたところで もうアイツへの未練が顔を覗かせる事もないだろう…

『わかったよ。俺もそうする。』
『よっしゃあ!決まりだ!二人 入会という事で お願いします!』
こんなに はしゃいだ新ちゃんを見るのは、小学校以来だ。

帰りの車の中でも、すっと新ちゃんのテンションは上がりっぱなしだった。
『ちょっと 待ってて!』
何かを思い付いた様に、新ちゃんは大きな本屋の駐車場に車を停めた。
『少しは 勉強して行かんとね。』
戻って来た彼の小脇には、トレーニング入門書と 『月刊マッスルマガジン』の最新号が 抱えられていた。

『じゃあ、今度の日曜日な!』
車から降りた俺は、妙に浮かれた気分になっている自分に気が付いて、少し苦笑いを浮かべた。



そして日曜日…
新ちゃんのジムデビューを祝福する様に雲ひとつない晴天だ。
約束の時間より20分も早く 迎えに来てくれた新ちゃんは、運転中も まるで遠足に行く小学生の様な、 はしゃぎっぷりだ。
『ジャーン!修ちゃん、これ見て。俺、プロティン買っちゃった。コイツを飲んで、ガンガントレーニン グすると、見る見る筋肉がつくらしいぜ。』
『ハハハハハ』
一度 熱中し出すと、とことんまで のめり込んでしまう…
子供の頃と全く変わっていない 新ちゃんが おかしかった。

ロッカールームで着替えてからも 新ちゃんの意気込みは充分に伝わって来た。
何処で買ったのか、新品のGジムのTシャツに、バギーパンツ…
その右手には しっかりと まっサラのトレーニングベルトが握られている。
俺の方は いろいろと考えた挙句、真夏だというのに わざと露出の少ない 長袖のトレーナーを着用する 事にした。
日曜日の午前中という事もあり ジムの中は、沢山の人で ごった返している。

『おー!これこれ!』
目敏く 空いているベンチ台を見つけた新ちゃんは、素早く駆け寄った。
『俺、一度ベンチプレスやりたかったんだよね。』
20キロのバーに、10キロのプレートを2枚セットする。
『40キロか…まぁ、こんなもんかな?』
慎重に ラックから外された バーはフラフラとした頼りない軌道を描きながら 新ちゃんの胸の上に 下ろ されていった。
しかし 新ちゃんが自力で出来たのは そこまで だった…
胸の上で 止まったバーは そのままピクリとも動かず、新ちゃんは 顔をまっ赤にしてもがき、足だけを バタバタと、動かすのが精一杯だ。
慌てて バーをラックに戻してやる。
『ほぇ〜、死ぬかと思った…これ、凄ぇ難しいわ!修ちゃんも やってみ。』
新ちゃんのセットしたバーの両側に 更に20キロプレートを1枚ずつ つぎ足す。
『おい、おい、冗談だろ…』
計80キロ…ウォーミングアップには、丁度良い重さだ。
ベンチに横臥した俺は 思い切り肩甲骨を寄せ、胸を張り、腰を浮かせ、尻をベンチ台にくっつけたまま ブリッジを作る。
フーと吐いた息を 今度は吸い込みながら、ラックからバーを外す…
そのまま 丁寧にゆっくりと、バーを下ろしていく…
バーが胸に触れたと同時に、爆発的な速さで押し上げる!
これで1レップだ…

『凄ぇ〜…』
隣から 新ちゃんの声が聞こえる。
この動作を 連続で10回…
そこまでで 限界が来た。
現役時代なら この程度の重量ならば、際限なくやれてた筈だ…
(大分 鈍っているな…)
それが 久しぶりにベンチプレスをやった俺の感想だった。
ただ これだけの運動で 俺の総ての血流は胸のみに集まり、焼ける程熱くなっていて、その部分のみが
一回り膨れ上がっているのが分かる…

『パンプアップ』

これだ!ずっと忘れていた この感触…
これを思い出しちまったら もう辞められない…

『修ちゃん、なんだ!目茶苦茶凄いじゃん!』
新ちゃんが話し掛けてくる…
俺は 生まれて初めてベンチプレスをやった時の事を 思い出していた…



大学のボディービル部…
入部した その日に俺達は ベンチプレスをやらされた。
その時 アイツは 今日の新ちゃんと同じ 40キロで潰れ、俺は死に物狂いで何とか60キロを挙げた。
『吉岡くん、目茶苦茶 凄いじゃん!』
くしくも、あの日のアイツは 今日の新ちゃんと同じ言葉を口にした。



『いやぁ〜、修ちゃん 昔 少しだけトレーニングやってたって言ってたけど、見直したよ。もしかした ら才能あるかもよ。
それにしても さっきから凄い人やねぇ。なんか皆デジカメとか色紙とか持ってるけど、誰か有名人でも 来るんかなぁ?』
確かに、明らかにトレーニング目的で来た様には見えない客が大勢いて、中には花束を手にした 若い女 性の姿も目立つ。
好奇心の強い新ちゃんが 早速 男性スタッフを捕まえて その疑問をぶつけている。
『あぁ、13時から有名ボディービルダーのセミナーがあるんですよ。宜しかったらいかがですか?会員 は タダで見れますよ。』
若いスタッフは 壁に貼られたポスターを指差しながら答えた。
そこには 俺の見た事の無い若いボディービルダーがポーズを取っている写真があった。


成る程 確かに若い女性が熱を上げそうな程の 甘いマスクをしてやがる。






『それでは ご紹介しましょう!去年の日本選手権 第6位!そして先日行われたジャパンオープンで、
見事優勝された 本城剛選手です!』



司会者に紹介されその男が現れると、客席からは、一斉にフラッシュが焚かれ、黄色い歓声が上がった。
現れた男は、身長175cm程、黒いサマージャケットに、黒い革のパンツ…
大きく 開かれた胸元には、シルバーのネックレスに、ターコイズをあしらったトップが輝いている。
サングラスで隠された その目許は、見て取る事が出来ないが、顔全体に爽やかな微笑を浮かべている。
颯爽と現れた その姿は、ボディービルダーというよりも、むしろ男性ファッション雑誌から抜け出して 来たモデルといった感じだ。
唯一、その広い肩幅のみが彼等との違いを物語っている。



『なぁ、修ちゃん せっかくだから見て行こうぜ。俺 まだ実物のボディービルダーって 見た事無いんだよな。』

またまた 好奇心旺盛な 新ちゃんに誘われて 俺は『NO』とは言えなかった。
何しろ ここまでは、新ちゃんの車で来ている。まさか歩いて帰る訳にもいかない。
すかさず新ちゃんが後方の僅かに空いてる席を、確保する。
このセミナーの主役が現れるまでに、俺は配られたパンフレットに目を通した。

『本城剛…今年28歳。千葉県出身。主なタイトル…5年前の千葉県選手権優勝、
去年の日本選手権6位、そして今年のジャパンオープン優勝。』

確かに2年前までは、聞いた事のない名前だ。
俺がボディービルから離れている間に、メキメキと頭角を現わして来たらしい。
それにしても、この2年間の戦績は凄まじい…
それだけでも、この男が 只者ではない事が分かる。
そして 気になるのが 5年前に千葉を獲ってからの3年間のブランク…



最初は、司会者と本城のトークから始まる。
司会者の質問に、本城が丁寧に答えていく。
トレーニング法、食事 サプリメントの摂取の仕方、調整法 ダイエットのコツ…
トレーニング熟練者からすれば分かりきった事ばかりだか、初心者にはかなり勉強になる内容だ。
隣の新ちゃんも 熱心にメモを録っている。

その後、ファンの質問に 一問一答型式で、直接本城が答えていく形にスイッチされる。
ここで、トーク中 比較的静かだった 若い女性連中が、我先にと 一斉に手を挙げた。
再び 館内に黄色い歓声が乱れ飛び、まるで若いアイドル歌手のコンサート会場の様な雰囲気に 変わって行った。
質問の内容は『好きな女性のタイプは?』から始まり、
『初恋はいつですか?』『彼女はいますか?』等、おおよそトレーニングとは関係の無い物ばかりだ。
中には『私と付き合って下さい。』とまで言い出す者もいる…
それらの質問にも、本城は微笑みを絶やす事なく、ソツなく答えていく…
俺は、この男の持って生まれたスター性を垣間見た様な気がした…
恐らく 俺ならば『ボディービルとは関係無い質問はするな!』と一喝していた事だろう…
まぁ、俺にそんな質問をする奴なんて、この世にいないだろうが…



『好きなボディービルダーは誰ですか?』
ある男性ファンの質問で館内の雰囲気は一変した…
『そうですね…外国人なら リー、ラブラタ…日本人ならば…゛宮本護゛選手ですかね。』



ドクン!



その名前を聞いた瞬間 俺の胸の鼓動は高鳴る…
死ぬまで 一生 忘れる事の出来ない名前…
2年前の あの死闘が胸をよぎる…

一部の女連中を 除いて館内全体に 沈痛な雰囲気が漂う…
司会者までもが 今にも泣き出しそうな顔になっている…
『ちなみに、本城選手は、宮本選手とはステージ上で…?』
『残念ながら、一度もありません。しかし宮本選手の最後の国内での試合となった あの年の(日本クラ ス別)は客席で見ました。
優勝した宮本選手と、2位の大河さん、そして3位の選手…凄い闘いでした。 もしあの闘いを見ていなければ、現在の私は存在しません。』

この日初めて、本城自身の顔からも微笑みが消えた…

『修ちゃん、どうしたんだ?顔色悪いぜ。』
俺の異変に気付いて新ちゃんが 声を掛けて来た…
『い、否…ちょっと、ここクーラーが効き過ぎてて…』
俺は 慌ててかぶりを振った…



『さぁ、それでは、気を取り直して、最後に本城選手にポージングをしてもらいましょう!皆さん、先日 ジャパンオープンを制したばかりの
まだバリバリのコンデションですよ!それでは本城選手 準備の方を よろしくお願いします!』
司会者の言葉で 我に返った本城が、一度 袖に引込む…


それから10分程して、館内の照明か暗くなり 激しいサウンドが流れ出した。
袖から スポットライトを浴びつつ、颯爽と本城が現れる…
『こ、こいつは、凄ぇ〜や!』
生まれて初めて生でボディービルダーを見る 新ちゃんは腰を抜かしそうな程、驚いている…
再び黄色い歓声がこだまし、男性客からは どよめきの声が上がる…
まさに 館内は興奮の るつぼと化している。
俺は いつの間にか身を乗り出して 本城のポージングを見ていた…
服を着ている時には、気付かなかったが、腕、脚、胸とかなりのバルクである。


そして…


細いウェストから 翼の様に広がる美しいライン…
かつて 俺は、この背中のラインを持つ日本人をただ一人だけ知っていた…


嗚呼、何と言う事だ…


背筋がゾクゾクとする…


喉が カラカラに渇いている…


身体の震えが止まらない…


アイツが…


俺の前に再び…


そこに立っているのは、紛れも無く 違う男のマスクを被った 宮本護であった。





『さようなら』



その一言だけを 書き残し 冴子は部屋を出て行った…
書き置きを見つけた剛は、その場にへたり込んで しまった。
どうやら今度は 本気らしい…
彼女の荷物だけが、綺麗に無くなっている…
もう探し歩く気力も残っていない…
『クソっ!』
そう呟いた 自分の吐く息が 凄く酒臭い…



何もかもが順調だった…
彼女と出会ったのは、取引先の設立パーティー…
何人ものコンパニオンの中でも、元モデルの彼女は 一際目を引いた。


美男、美女のカップル…
二人が街を歩くだけで、何人もの人が振り返った…
そして、その年の 千葉県ボディービル選手権…
剛は見事に 一般の部 優勝を果たす。
優勝が決まった瞬間、ステージの上から 愛の告白…
普通の人間が やると野暮ったい この行為も、剛がやるとまさに映画の1シーンの様に、美しく華麗に見えた…


二人は 一緒に暮らし始めた。
周りの誰もが 羨むカップルであった。
本城剛…23歳の夏であった。



何処かで歯車が狂ってしまった…

翌年の『関東選手権』『日本クラス別』『ジャパンオープン』と立て続けに予選敗退…
敗因は、ハッキリとしていた…
商社マンとしての多忙な毎日…
残業、出張、そして接待…
仕事で、ようやく一人前に育った剛に去年までと同じ練習時間を確保する事は困難であった。
しかし、その結果は剛にとって耐え難い屈辱であった。
何よりも 冴子の前で醜態をさらした自分が許せなかった…

『仕事が忙しくて、満足な練習時間が取れない…』

冴子の前で 言い訳の言葉を口にする自分がまた許せなかった…

惰性で翌年も同じコンテストに出場…
もはや目標も何も無かった。
ただ 負け続ける勝負で やけくそに残りの全財産を注ぎ込んでしまう ギャンブラーの様な心境だった…
当然 結果は目に見えている…

いつしか 剛は接待以外でも 酒を口にする様になっていた…
酔って 冴子を殴る…
そんな自分が許せなくて また酒を飲む…
そして また殴る…
その度に冴子は家を出る…
それを連れ戻しては、また同じ事を繰り返す…
もう 何ヵ月もジムに顔を出していない…
ただ、毎日会社に顔を出し、ただ 与えられた仕事だけをこなす…
死人の様な 毎日だった…


今回は、彼女は本気だ…
もう二度と戻って来る事はないだろう…
すっかり 彼女の荷物だけが運び出された、冷たい部屋に佇みながら、飲みかけのウィスキーのボトルを
口にし、いつしか剛は眠りに就いていた…




真夏の九州は 異様に暑かった…
月曜の商談の為、昨日から現地入りしている。
夕べの酒が残っている…
昨日の夜は 例によって接待だった…
二日酔いで 頭が割れる程に痛い…
いっそ このまま壊れてしまっても構わない…


出張先の日曜日…
今日は 何もやる事が無い…
夕方まで パチンコでもして 時間を潰すか…
この街に来るのも、もうこれで6回目だ。
既に簡単な地図は 頭の中に入っている。


っと、区民文化会館の前に佇む、異様な集団に気付く…
真夏だと いうのに皆 長袖のシャツを着ている…
真っ黒に日焼けした顔の、頬は ゲッソリと削げ落ち、その目付きだけが異常に鋭い…
更に 懐かしい この香り…
ボディービルダーが皮膚を黒く見せる為に塗るプロタンの香りだ…
建物の入口には、『第○○回 日本クラス別ボディービルディング選手権』というポスターが何枚も貼られている。

『日本クラス別』

その昔 剛が二度挑んで、予選で敗れ去ったコンテストだ…
『これはパチンコよりも良い暇潰しになるかもしれない…』
会場に 足を踏み入れる事に 何の躊躇もなかった…
それは、それだけ彼自身が、もはや この競技に何の未練も残っていない証拠であった。



館内は 午前中から物凄い熱気に包まれていた。
実は 剛が観客の立場から コンテストを見るのは これが生まれて初めてであった。
客席から見るボディービルダーが、こんなに輝いて見えるとは、驚きの発見である。
予選は 滞りなく進み 70キロ級の審査…

そこで剛の目は、一人の選手に 完全に奪われてしまった…

゛ゼッケン11番 宮本護゛

それは、一瞬 呼吸をする事さえ 忘れる程の衝撃であった…
ただ 自然体で立っているだけで、こんなに美しいボディービルダーを見るのは初めてであった…

『す、凄い…』

宮本が ポーズを決める度に、胸がざわめく…
宮本の息遣いが そのまま剛に伝わって来る…
宮本の身体が剛に語りかけて来る…

(どうしたんだい?)


(そんな所で何をしてるんだい?)


(そんな目をした お前になんか会いたくなかったなぁ。)


(早く目を覚ましなよ。)


(早く俺と遊ぼうぜ。)


いつの間にか剛は、全身汗まみれで震えていた…



午後からの決勝審査…
当然の如く 宮本は予選を勝ち上がった…
全階級全選手のフリーポーズが終わり いよいよ70キロ級のポーズダウン。
そこで宮本に 果敢に挑む一人の男…


゛ゼッケン5番 吉岡修司゛


凄まじい仕上がり…

凄まじい密度…

そして凄まじいオーラ…

この選手も 宮本に勝るとも劣らない 素晴らしい身体をしている。
この二人に、絶対王者 大河を加えた3人が残った…


物凄い熱気であった…


物凄いバトルであった…


宮本護…28歳…


吉岡修司…同じく28歳…


二人とも そんなに自分と変わらない年齢だ…



ちくしょう…



ちくしょう…



ちくしょう…





※主な登場人物


吉岡修司…この物語の主人公、2年前 日本クラス別選手権において宮本護に敗れ、その後 護の死にショックを受け
       ボディービル界から姿を消す。


宮本護…修司の宿命のライバル。アジア選手権優勝後、妻と供に交通事故死。伝説のボディービルダーとなる。


太田新一…修司の幼馴染みであり、修司の働く運送会社の社長。


大河実…修司、護の大学の先輩。『大河マジック』の異名を持つ 現日本クラス別70キロ級チャンピオン。


小内英雄…日本ボディービル選手権14連覇中のキング、オブ、ボディービルダー


本城剛…日の出の勢いで躍進するイケメンビルダー。吉岡修司と宮本護の熱い闘いを見て覚醒。
      護を彷彿させる身体を有している。