boomerさんのボディビル小説

ライバル達の唄ファイナル…死闘編

第二章

袖から42名の選ばれた戦士達が一同に顔を見せた…




あちらこちらから贔屓の選手のゼッケン番号を叫ぶ声が飛び交い、館内のボルテージは一気に上昇する…



『す、凄げぇ〜』

゛太田新一゛に とっては、これが初めての日本選手権観戦である…

日本を代表するボディビルダー達が威風堂々と立ち並ぶ…
まさに筋肉と言う名の鎧を全身にまとった究極の男達の姿は壮観である…
更に客席の異様な程の盛り上がりに圧倒される…

隣りでは 妻の美登理が まるで信じられない物を見たかの様に唖然としている…

゛修ちゃんは、こんな怪物達と 闘わなければならないのかよぉ…゛

開演前 何度も何度も確認したパンフレットを元に、親友゛吉岡修司゛の姿を探し出す…

゛いたいた!右から15番目の選手…゛

調整中、何度も間近で見て 圧倒された その肉体も このラインナップの中では、ごく当たり前に見えてしまう…

゛本当に大丈夫なのか!?゛

新一達の座席は 真中よりも若干後め…

ここからは 選手達の細かなカットやディフィニションまでは、とても窺い知れない…




まず42名の選手が2組に分かれて正面、右横、後、左横と、リラックスポーズと呼ばれる自然体で まんべんなく全身の比較を受ける…

更に7名一組に分かれ、7つある規定ポーズをとる…

ここで選手全員が後に下がり いよいよ比較審査の始まりだ…

ここが入賞ラインギリギリの選手、あるいは初出場の選手達にとって正念場である…

全選手42名中、入賞者12名…

30名の選手が ここでふるい落とされる…

これがいわゆる゛ピックアップ審査゛である…

ここはあくまでも ボーダーラインギリギリの選手同士の比較…
よって、小内、大河、本城あるいは猪狩等 上位に絡むと予想される選手達は 余程の事がない限り ここ で呼ばれる事はない…
それと もう一つ言葉は悪いが いわゆる゛箸にも棒にも掛らない゛選手達も呼ばれる事はない…



それでは 吉岡修司は…

初出場で まだまだ実力が未知数の修司は、レベルチェックの為にも、一定レベルよりも上と判断された 場合は、必ず呼ばれる筈だ…
ここでボーダーラインの選手と比較する事により審査員はその実力を測る…
逆に ここで呼ばれなければ 残念ながら、修司の力は このレベルの中では゛箸にも棒にも掛らなかった゛ という事になる…



審査員が司会者にメモを渡し いよいよ比較を受ける選手達が呼ばれる…



゛15番…15番…呼ばれろよ!修ちゃん!゛

新一は祈る様な気持ちで舞台を眺めた…

ゴクリと唾を飲み込む…

心臓は激しく高鳴り、手の平は汗でびっしょりと濡れている…



『それでは1番、5番、22番、37番、40番の選手、前に出て下さい。』

まず5人の選手が呼ばれた…

修司は最初のコールから外れた…
呼ばれた5人が 一様に4つの規定ポーズをとる…
審査員は 5人の選手の身体の発達具合、仕上がり具合等を比較し、どの選手を残し、 どの選手を落とすべきかを見極める…


更に比較は続く…

『1番、22番の選手は残って、他の選手は下がって下さい。6番、35番の選手前に出て下さい。』

同じ様に、この4人の比較が始まる…

ここも外した…



゛一体審査員は何を見てるんだよぉ!ホラ!よく見ろよ!15番だよ!゛

新一は知らぬ間に両膝をゆすりを始め、それを隣りの美登理に咎められる…


今度は4人全員が下げられ 更に次の比較…

『15番!デカいぞぉー!キレてるぞぉー!サイコー!!』

思わず絶叫に近い声援を送る…

『続きまして4番、18番、21番、26番、35番』


次も外された…


゛一体 どうなっているんだよぉ!?修ちゃんの何処がいけないんだぁ…゛


新一の願いも虚しく、修司は次も その次も呼ばれなかった…


『それでは、これでピックアップ審査を終わります。選手の皆さん、お疲れ様でした。』


結局 ピックアップ審査は計10回行われ、そのうち修司が呼ばれる事は一度もなかった…


゛終わった…゛

゛終わってしまった…゛

゛なんて呆気ないんだ…゛


確かに小内も、大河も、本城も一度も比較には呼ばれなかった…
しかし、彼等が呼ばれなかったのと、修司が呼ばれないのとでは、全然意味合いが違う…
彼等と修司とでは立場が全く違うのだ…



゛チクショウ!こんな事って…゛

゛あんなに頑張ったのに…゛

゛あんなに仕上がってたのに…゛

゛都筑のオヤジも褒めてたのに…゛

゛それなのに一度も…゛

゛一体 審査員は何を…゛

゛結局は、俺達の自己満足だったのか…゛


゛これは夢だ…"

"絶対に夢だ…゛




選手全員が舞台裏に下がると、その場ですぐに、入賞者の発表が行われ、 通過者12名が再びステージに現れる…




『それでは 今年の日本選手権 決勝進出者12名を発表します!栄光のファイナリストの座を勝ち取った 選手の皆さんどうぞ!』


観客席からは、どよめきにも似た大歓声が沸き上がる…


゛もう二度とボディビルのコンテストなんて見に来るもんか…゛

悔しくて涙が出て来た…
せつなくて涙が出て来た…
放っておいたら、鼻水まで出て来そうだ…

誰が決勝に残ったか?誰が優勝するのか?なんて、もう全く興味がない…

もうこんな所に 1秒たりともいたくない…


『美登理…帰ろう…もう、帰ろう…』

そう言って隣りの妻を振り返る…

が…妻は目を丸くしてステージの方を指差している…


゛一体 何を見て そんなに驚いているんだ…゛


妻の指差す先…



そこには 右から4番目、無愛想で ゴツゴツとした顔の男が立っていた…







『月刊パンプアップ』の゛竹内功介゛は 今目の前で起きている現実を理解出来ずにいた…



彼は、この道 25年を超えるベテラン記者である…
常に歯に衣を着せぬ記事で、ボディビル界の御意見番とまで言われている男である…
かつて、その妥協の無い記事が連盟幹部の逆鱗に触れ『月刊パンプアップ』が取材禁止にあった事さえもある…
彼から見れば『月刊マッスルマガジン』の゛八木道夫゛などは、まだまだ赤子同然である…


そんな経験豊富な彼が、たった今 ステージ上で起きている出来事に戸惑っている…
こんな事は 彼の長い取材人生の中でも 一度も無かった事である…
これまで 何度も、後に日本王者となる選手の、日本選手権でのデビュー戦を見て来た…
゛沢田和人゛に゛市川幹夫゛、更にあの゛都筑茂雄゛から、現王者゛小内英雄゛まで…
しかし そんな彼等でさえも 成し得なかった事が今年起こってしまった…


゛吉岡修司…゛


今年の社会人大会で初めて見た選手である…
その時から僅か1ヶ月しか経っていないと言うのに 身体がガラリと変わっている…
なんと、日本選手権初出場の、この無名の選手が一度もピックアップ審査に呼ばれる事なく決勝に残って来た…
単純にピックアップ審査に呼ばれない選手の場合を考えると、二通りの例が挙げられる…

゛誰の目から見ても明らかに予選通過が出来る選手…゛

そして…

゛誰の目から見ても明らかに予選通過が無理な選手…゛

前者の例は 今年で例えると゛小内英雄゛、゛大河実゛、゛本城剛゛、゛猪狩一宏゛あたりになる…
どうやら 今年の審査員は、7人とも皆、初出場で まだ海の物とも山の物とも分からぬ、この吉岡修司と いう選手を彼等と同等と判断した様だ…


゛信じられない…゛


゛でも…面白い…゛


とにかく今年の この大会は面白い事が多過ぎる…

゛この大会を最後に引退を表明した 大河実…゛

゛まるで この大会に合わせるかの様に、性格が豹変してしまった 本城剛…゛

゛この大会2ヶ月前の 王者小内英雄の謎の失踪…゛


そして…


゛突然、彗星の如く 現れた 吉岡修司…゛

更には、どの選手も、それぞれに文句の無い仕上がりだ…



ボディビル界は 今大きく変わろうとしている…
彼の記者としての長年の勘が その風を敏感に感じ取ろうとしていた…
その 中心にいるのが この吉岡修司だと言うのか?…


今日は それを 最後まで、じっくりと 見届けてやる…







ピックアップに一度も引っ掛からなかった…

しかし 不思議と ゛駄目だ゛という気持ちにならなかった…

だから 舞台裏での入賞者発表で、俺のゼッケンが呼ばれた時も 冷静に受け止める事が出来た…


゛日本選手権プレジャッジ…゛


今 俺は ようやく ここに辿り着く事が出来た…


宮本護よ…

永遠の友よ…

見ているか…

いつかは 二人で この舞台へ…

そう誓い合った日もあったよな…

俺は 今そこに立っている…

たった一人きりで立っている…

眩し過ぎる程の光を浴びながら…

激し過ぎる程の歓声を浴びながら…

ピックアップ審査の時とは比べ物にならない程の緊張が俺を襲う…



゛これより決勝進出者12名による比較審査を行います。それでは選手の皆さん、リラックス!゛


遠くから司会者の声が聞こえる…


俺は今、何をするべきなのか…

そうだ…

ポーズをとらなければ…

まず最初は…

そうだ…
リラックスポーズだ…

まずは…

脚を決めて…

次は…

そうだ…

広背筋に 腕を乗っけて…

次は…

両肩を 外に突き出して…

確か頭の先から爪先まで力を抜いちゃいけないんだよな…

そうだ…

これで 良いんだ…


『ターンライト』


ん?…

そうだ…

時計方向に回るんだ…

これで良いんだよな…

いいぞ!!

段々と 思い出して来た…

否、身体が勝手に 動いてくれる…
何度も何度も 都筑のオッさんに やらされた事だ…

そうだ!…

今ここで、それを やれば良いだけなんだ…




『やっぱり凄えよー!修ちゃんはよぉ!』

太田新一は、完全に興奮しきっていた…


初めて出会ったのは、小学校1年の時だった…

その時から、あんな無愛想な顔をしたガキだった…

いつも一緒だった…

何度も喧嘩をした…

そして、誰よりも好きだった…


しかし…


中学に入っての 突然の別れ…

およそ 20年ぶりの再会…

思えば 自分がスポーツジムに誘ったのが復帰の第一歩だった…


それから…


間近でずっと苦悩する姿を見て来た…

間近でずっともがく姿を見て来た…


そして…


間近でずっと闘う姿を見て来た…

修司と出会ってからの日々が走馬灯の様に蘇る…


『ようし!こうなったら絶対に ファーストコールだ!』


゛ファーストコール゛とは プレジャッジに於いて、この日上位に来ると予想される3人から4人の選手 を、一番最初に比較に呼ぶ事である…
ある意味ボディビルコンテストに於いて一番盛り上がる瞬間だ…


全選手が 一通りの規定ポーズをとり終えた…

審査員が司会者にメモを手渡す…


いよいよ注目のファーストコールである…






眩いばかりのライトに照らされ 12人の男達が立っている…



不思議な光景である…

まるで この地球に住む、同じ生命体とは思えない程の、異様な男達である…

まず 肌の色が違う…
この強烈な光線を浴びても 色褪せて見えない程の 濃い褐色の肌をしている…
更に爛々とした瞳は 不気味に窪み、頬は著しく削げ落ちている…
その下には、異常なまでに広い肩幅…
その両端には 丸々とした半球体が ゴリッと勃起して付着している…
極め付けは、極端に細い腰まわりから 上に翼の様に広がる背中、下に袴の様に広がる脚…

なんと奇妙な…

なんと力強い…


そして…


なんと美しい 男達であろうか…



彼等こそが 日本のボディビル界が誇る12名の戦士達である…



2番…田中忠(前年度日本10位)

8番…木村達也(前年度日本8位)

14番…猪狩一宏(前年度日本4位)

15番…吉岡修司(今年度社会人優勝)

18番…西村崇史(今年度ジャパンオープン優勝)

23番…新屋誠(前年度日本5位)

29番…大河実(前年度アジア70キロ級優勝)

31番…星崎俊(一昨年度日本5位)

33番…江頭政雄(前年度日本6位)

34番…本城剛(前年度日本3位)

38番…小内英雄(15年連続日本優勝)

40番…井田猛(前年度日本7位)



以上、今年の日本選手権決勝に勝ち残った兵達である…
向かって右側から身長の低い順に並んで立っている…
先程まで 余程激しい運動をしていたのか男達の肩は、激しく上下に揺れ動いている…
その誰一人として、全身から流れ落ちる汗を拭おうともせず、真っ直ぐに前を見据えて 天の声を待っている…


シーンと静まり返る館内…



そして…


゛それでは14番、29番、34番、38番の選手前に出て下さい。゛



ドッ!!



先程の静寂が嘘の様に 沸き起こる大歓声…


やはり、この4人だ!


奇しくも昨年の1位から4位までの選手が、今年もまた゛ファーストコール゛で呼ばれた…


゛いがりぃー!!!゛


゛ほんじょぉー!!!゛


゛おおかわぁー!!!゛


゛こうちぃー!!!゛


贔屓の選手の名を呼ぶ声援が入り交じる…



と、その時…


審査員の一人が 司会者を呼び寄せた…
二人は顔を近付け 何やらヒソヒソと話し始める…

1分…

2分…

いつの間にか、他の審査員達も、そこに集まる…

3分…

4分…

゛いつまで待たせるんだ!バカヤロー゛
゛どうした!早くしろー!!゛
痺れを切らした 観客からヤジが乱れとぶ…




゛大変失礼しました。あと15番の選手…前に出て下さい。゛


おーーー!!


観客席から 大きなどよめきが起こる…
なんと 今年のファーストコールは5人だ…
しかも そのうちの一人が無名で決勝に残ったあの選手…


今年は、きっと何か が起こる…


期待と不安の入り交じった空気が、除々に館内全体を支配し始めた…




゛やはり こいつが出て来たか…゛

猪狩一宏は 隣りに立つ 無愛想な男の横顔を横目で睨んだ…


゛吉岡修司…゛


お前の…否、お前等の事は一生忘れない…

3年前の日本クラス別選手権70キロ級決勝…

当時の俺は有頂天だった…

前の年、弱冠21歳で東京選手権を制し、日本選手権でもファイナリストに残った…


゛将来の日本チャンピオン候補゛


誰もが 俺の事をそう呼んだ…

゛5年後までには、必ずアジアを獲る!゛

常に そう公言し続けた…

あの日も、大河さん以外の選手には、全く眼中になかった…

ここで 大河さんを追い詰め、翌年には逆転を…゛

それが 俺の青写真だった…


しかし…


それは見事に崩れ落ちた…

俺は4位に敗れ去ったのだ…


1位…宮本護

2位…大河実

3位…吉岡修司


初めての挫折だった…

この俺が全くの無名の奴らに…

屈辱だった…


しかし、その後すぐに 宮本護は この世を去り、吉岡修司は行方不明に…

だから、今年のエントリー表にお前の名前を見つけ時、俺は神に感謝した…

遂に雪辱の機会が訪れたのだ…

どういう理由で、まい戻って来たのかは知らないが、もう二度とお前には負けない…

お前にだけは 負けられない…

この3年間 どれ程 俺が努力したか…

どれ程 俺が成長したか…

その事を 今日は、たっぷりと教え込んでやる…




5人の精鋭達が前に出て来た…

右から 猪狩、吉岡、大河、本城、小内の面々である…

これから 5人が、自らの思いを、人生を、生き様を掛け激しく火花を散らし合う…


呼吸をする事さえ忘れてしまう程の究極の時間が、今始まる…






※主な登場人物

吉岡修司…この物語の主人公、3年前 日本クラス別選手権において宮本護に敗れ、その後 護の死にショックを
       受けボディービル界から姿を消すが今年復活。

宮本護…修司の宿命のライバル。アジア選手権優勝後、妻と供に交通事故死。伝説のボディービルダーとなる。

太田新一…修司の幼馴染みであり、修司の働く運送会社の社長。

大河実…修司、護の大学の先輩。『大河マジック』の異名を持つ 現アジアライト級チャンピオン。今年の日本選手権を
      最後に引退を表明。

小内英雄…去年遂に日本ボディービル選手権15連覇を達成したキング、オブ、ボディービルダー

本城剛…日の出の勢いで躍進するイケメンビルダー。吉岡修司と宮本護の熱い闘いを見て覚醒。
      護を彷彿させる身体を有している。

八木道夫…『月刊マッスルマガジン』の編集者。

竹内功介…『月刊パンプアップ』のベテラン記者。

丈夫義文…『神の手』の異名を持つ、日本スポーツ医学の権威。

都筑茂雄…小内の前の日本王者。かつて、日本ボディビル史上最高の男と呼ばれた名チャンピオン。

猪狩一宏…次期日本王者の呼び声高い、若手バルク派ビルダー