boomerさんのボディビル小説
ライバル達の唄ファイナル…死闘編

第五章
200U年9月、タイ バンコク…
゛キム・スン・ヨプ゛は逸る気持ちを押さえきれずにいた…
゛勝てる…゛
あと 2時間もすれば長年の夢が実現する…
昨日見たエントリー表に、去年優勝の゛サイモン・チェア゛の名も、2位の゛オオカワ・ミノルの名も無かった…
と、なると自然と去年3位だった自分が優勝候補の最右翼という事になる…
当面の相手は去年4位の、イランのモハメッド・アミールあたりになるが、まぁ自分の敵ではない…
あとは 初出場組で 余程の選手が出て来ない限りは、自分がアジア王者の座に就く確率はかなり高くなる…
彼は有頂天だった…
日本と違い 韓国ではアジア金メダルの恩恵は極めて大きい…
そこには、光り輝く未来が約束されていると言っても過言では無いだろう…
゛気を抜くな!゛
彼は改めて気持ちを引き締めた…
しかし…
彼はすぐに自分の不運を呪う事となる…
控え室で あの選手を見てしまったのだ…
日本の゛ミヤモト・マモル゛…
日本国内の選抜大会で あの゛オオカワ・ミノル゛を破って出て来た選手だ…
小さな頭部…
広い肩幅…
腰の付け根から広がる美しい背中…
綺麗な涙線形の脚部…
ただ リラックスで立っているだけで、これ程までに美しいボディビルダーをキムは初めて見た…
彼は予選から゛ミヤモト゛に圧倒された…
そして決勝審査…
もはや敵という事さえも忘れて゛ミヤモト゛のフリーポーズに魅せられてしまう…
『MASQUERADE』
おおよそ ボディビルのフリーポーズにはふさわしくない ゆったりとした選曲であった…
しかし…
哀しげな女性ヴォーカルの歌声が ゛ミヤモト゛の幻想的なポージングに妙にマッチしていた…
キムは 他人のポージングを見て 初めて感動を覚えた…
それ程 素晴らしいフリーポーズであった…
完敗だった…
結局 キムはアジアチャンピオンの称号を手にする事なく闘いを終えた…
それでも、彼は゛ミヤモト゛の就冠を心から祝福した…
そして…
それから僅か半日後 ゛ミヤモト゛は『MASQUERADE』の女性ヴォーカルと同じ世界に旅立ってしまった…
3年後…
゛キム・スン・ヨプ゛は日本にいた…
゛日韓親善ボディビル選手権大会゛
日韓のボディビル連盟が それぞれ1年交替で お互いの全国大会において、各クラス1名ずつの対抗戦を行う…
真剣勝負というよりも どちらかと言えば両国の親交を深める為のエキシビジョンマッチ的な意味合いが強い…
その韓国側のライト級代表に゛キム゛は選ばれていた…
対戦相手は あの大河実だ…
対戦は゛日本選手権゛の全スケジュール終了後に行われる…
親善試合という事で 彼は極めてリラックスして 目の前で繰り広げられる闘いを観ていた…
フリーポーズ4人目…
ゼッケン15番の選手が舞台に現れた…
ゴツゴツした選手であった…
無愛想な顔をしている…
こういう男は、決して人前で愛想笑いなど、しないであろう…
そして…
その曲のイントロが流れた瞬間、キムは息を呑んだ…
゛この曲は!!゛
『MASQUERADE』
ゆったりとしたメロディーに合わせて、哀しげな女性ヴォーカルの歌声が響き渡る…
それに合せて男がポーズをとる…
決して゛ミヤモト゛程 美しい身体ではない…
どちらかと言えば、野暮で武骨な身体だ…
決して゛ミヤモト゛の程、洗礼されたムーブメントではない…
どちらかと言えば、ぎこちなく 硬い動きだ…
しかし…
何故か あの日の゛ミヤモト・マモル゛と この男が重なって見える…
゛コングラチュレーション゛
゛サンキュー゛
゛ミヤモト゛と交した会話は 僅かにこれだけである…
それでも彼は、自分にとってかけがえのない゛トモダチ゛であった…
同じ時間を共有した物同士にしか分からない友情…
熱い物が込み上げて来る…
いつしか涙が頬を伝って落ちる…
゛カムサ ハムニダ!”
”ヨシオカ・シュウジ゛
゛キム・スン・ヨプ゛は、この男の中に 間違いなく ゛ミヤモト・マモル゛を見ていた…
何も見えない…
何も聞こえない…
そして…
何も感じない…
俺は闇の中に浮かんでいた…
身体を動かさなければ…
そうしなければ…
そうしなければ暗闇に呑み込まれてしまう…
ここは何処?…
夜の海?…
俺は いつからここにいるんだ?…
とにかく水を掻かなければ…
溺れてしまう…
波に流されてしまう…
何も考えない…
そう…
何も考えなくてもいい…
ほうら 身体が勝手に動いてくれる…
ありがたい…
ん?…
違うぞ…
これは違うぞ…
俺は 流されない為に泳いでいるんじゃない…
俺は溺れない為に泳いでいるんじゃない…
俺はもっと別の為に泳いでいるんだ…
何の為?…
誰かに勝つ為?…
そうだ…
そうだ…
でも…
どうすれば勝てる?…
人よりも早く向う岸に辿り着ければ良いのか?
これは そんな闘いなのか?…
違う様な気がする…
違ってない様な気もする…
そもそも向う岸って何処なのか?…
もういい!
何も考えるな!…
考えるのは楽しくない…
こうやって泳いでいるのは 凄く楽しい…
ずっと こうしていたい…
死ぬまで こうしていられたら、どんなに幸せだろう…
『す、凄ぇよ…オッちゃん…』
゛太田新一゛はビデオ撮影も忘れて それに魅入っていた…
゛吉岡修司゛の身体は 午前中から またガラリと変わっている…
ポーズを決める度に、破裂してしまいそうな程 筋肉が膨張している…
更に、その上をうねうねと太い血管が、まるで蜘蛛の巣の様に張り巡らされている…
『たかが ゛塩おにぎり゛でここまで変わるんか?』
『うむ…』
隣で゛都筑茂雄゛が短く頷いた…
真剣な眼差しでステージを睨む…
そこに いつもの惚けた雰囲気は、かけらもない…
『新一よ…』
『ん?』
『よく見とけ。これがピークって奴だ…』
『ピーク?』
『あぁ、1時間前でもない…1時間後でもない…これが究極の吉岡修司だ…』
『究極の修ちゃん?』
『あぁ、満開の桜と同じさ。どんなに長い時間掛けようと、結局はこの刹那でしか咲き誇る事が出来ない…だから
ボディビルダーは美しいんだ。』
都筑は この男にしては珍しく饒舌に そう語った…
彼は 最高の仕事をやり遂げた充実感に浸たっていた…
ん?…
今 気付いた…
ずっと 俺の隣りで誰かが泳いでいる…
何時から?…
お前は 何時からそこにいる?…
よく目を凝らす…
少年だった…
ガリガリに痩せた少年だった…
俺は…
俺は この少年を知ってるぞ!…
絶対に…
死ぬまでに絶対に忘れる事のない顔…
゛宮本護…゛
護が隣で泳いでいる…
護が 信じられない程の 細い腕で水を掻く…
俺が腕を1回転させて進む距離が 護には2回転が必要だ…
目が合った…
゛さすがに 吉岡君 早いなぁ…゛
護が感心した様に話し掛けて来る…
何言ってやがるんだ…
騙されないぞ…
すぐに俺なんか抜き去るくせに…
俺を残して勝手に何処かへ行っちまうくせに…
クソっ!
クソっ!クソっ!
クソっ!クソっ!クソっ!クソっ…
お前に…
お前にだけは 負けねぇ…
必死に水を掻く…
すぐに あの細い腕は信じられない程に太くなり 翼の様な背中が顔を覗かせる筈だ…
負けねぇ!
負けねぇゾ!
お前にだけは負けねぇゾ!…
かつて俺を支配し続けた懐かしい感情が沸き上がる…
ん?
違う…
今 気付いた…
俺の相手は お前じゃない…
残念だけど お前ではない…
少なくとも今日は違う…
ごめんな…
お前と闘うのは まだまだ先だ…
俺は まだここで やらなきゃいけない事があるんだ…
俺は 護と違う方向に向かった…
そこに…
そこに確かにゴールがある筈だ…
必死で水を掻く…
目一杯 水を掻く…
死に物狂いで水を掻く…
次第に波の音が大きくなる…
女性の歌声が聞こえて来る…
゛カレン゛の歌声が聞こえて来る…
ほうら…
あそこがゴールだ…
水を掻く…
水を掻く…
水を掻く…
闇を掻く…
闇を掻く…
ぜいぜいぜいぜいぜいぜいぜい…
ようやく辿り着いた…
どうやら 俺は無事辿り着けた…
疲労困憊だ…
その場で ぶっ倒れそうになる…
波の音が響く…
波の音が響く…
波の音が響く…
それは 万雷の拍手だった…
※主な登場人物
吉岡修司…この物語の主人公、3年前 日本クラス別選手権において宮本護に敗れ、その後 護の死にショックを
受けボディービル界から姿を消すが今年復活。
宮本護…修司の宿命のライバル。アジア選手権優勝後、妻と供に交通事故死。伝説のボディービルダーとなる。
太田新一…修司の幼馴染みであり、修司の働く運送会社の社長。
大河実…修司、護の大学の先輩。『大河マジック』の異名を持つ 現アジアライト級チャンピオン。今年の日本選手権を
最後に引退を表明。
小内英雄…去年遂に日本ボディービル選手権15連覇を達成したキング、オブ、ボディービルダー
本城剛…日の出の勢いで躍進するイケメンビルダー。吉岡修司と宮本護の熱い闘いを見て覚醒。護を彷彿させる身体を有している。
八木道夫…『月刊マッスルマガジン』の編集者。
竹内功介…『月刊パンプアップ』のベテラン記者。
丈夫義文…『神の手』の異名を持つ、日本スポーツ医学の権威。
都筑茂雄…小内の前の日本王者。かつて、日本ボディビル史上最高の男と呼ばれた名チャンピオン。
猪狩一宏…次期日本王者の呼び声高い、若手バルク派ビルダー