boomerさんのボディビル小説
ライバル達の唄ファイナル…死闘編

第七章
その男は最後のポーズを渾身のマスキュラーで締めた…
大柄な男である…
おそらく身長は185cmを超え、体重も裕に100Kgはあるだろう…
スケールの大きな男である…
そのスケール溢れる身体で 雄大なポージングをする…
゛ゼッケン40番 井田孟゛
今年の日本選手権、ファイナリスト12名 最後の選手である…
館内は割れんばかりの拍手に包まれた…
゛それでは集計に入りますので 暫く休憩時間とします。゛
司会者の言葉に観客達はゾロゾロと席を離れた…
たった今行われたフリーポーズのポイントと、午前中のプレジャッジのポイントの合計で、全ての順位が決まる…
慎重に一つ一つの数字を足していく…
ここに来ての集計ミスは、絶対に許されない…
思ったよりも時間が掛かっている…
それだけ 今年の上位は拮抗しているという事か…
ざわざわざわ…
ざわざわざわ…
ざわざわざわ…
既に小休憩を終えた観客達も、席に戻り、固唾を飲んでその時を待っている…
やがて…
長い沈黙を引き裂くブザーの音と共に 12名の戦士が現れた…
゛ポーーーズダウン!!!゛
司会者の絶叫に弾かれた様に 選手全員がステージ先端まで躍り出る!!
今、まさに筋肉という武器を使った壮絶な どつき合いが始まった…
けたたましいまでのロックのビートが鳴り響く!!
修司が…
大河が…
本城が…
小内が…
全ての選手が…
渾身の力を込める…
最後の力を振り絞る…
歯を食いしばる…
呻き声をあげる…
汗がしたたり落ちて来る…
意地とプライドの火花を散らす…
血が騒ぐ…
魂を揺さぶる…
激しくぶつかりあう肉と肉の迫力に圧倒される…
今まさに館内の興奮は 最高潮に達した…
゛それでは 発表します!まずは、第12位 ゼッケン番号…゛
いつ訪れるとも分からない゛サドンデス゛の瞬間(とき)の始まりである…
゛第6位!ゼッケン番号33番、新屋誠選手!゛
司会者のコールに ファイナリスト最年長の その男は、それまでの動きを止め、高々と片手を挙げた…
顔に、納得とも諦めとも つかない微笑みを浮かべ、深々とおじぎをすると、そのまま後ろに退がっていく…
これで7名が消えた…
猪狩、吉岡、大河、本城、小内…
ファーストコールの5人が残った…
全員が身体を密着させ 一斉に同じポーズをとる…
1人が゛ダブルバイセップス゛をとれば 他の4人も 呼応する…
1人が゛サイドチェスト゛をとれば 他の4人も呼応する…
前もって、そういう話し合いが出来ている訳ではない…
魂を削る闘いの中でのみ起こる連鎖反応…
同じ時間を共有した者同士にしか分からない連帯意識…
゛次に呼ばれるのは、一体誰なのか!?゛
誰もが運命を神に委ね、激しい想いをポージングにぶつける…
゛順位発表を続けます!゛
負けない!
負けたくない!
負けてたまるか!
まだまだ25歳である…
同年代の奴等が青春を謳歌している時、それを横目に歯を食いしばって頑張って来た…
勝ちたい…
勝ちたい…
アイツにだけは…
勝ちたい…
もしも、犠牲にして来た物の大きさで順位が決まるのならば、ここにいる誰にも、俺は負けないだろう…
勝つんだ…
勝つんだ…
勝つんだ…
絶対に!!
勝つんだ…
゛第5位、ゼッケン番号14番 猪狩一宏選手!゛
一瞬誰の事なのか分からなかった…
誰が呼ばれたんだろう…
今呼ばれたのは誰なのだろう…
イガリカズヒロ…?
何処かで聞いた事のある名前だ…
何度も何度も聞いた事のある名前だ…
子供の頃からそう呼ばれてた…
誰が?…
俺が…
込み上げて来る…
次第に込み上げて来る…
震えていた…
全身が震えていた…
頭の先から 爪先まで震えていた…
無念だ…
無念だ…
無念だ…
゛ぬおぉぉぉぉ!!!゛
猪狩一宏は 天に向って激しく吠えた!!
吉岡修司が残った…
大河実が残った…
本城剛が残った…
小内英雄が残った…
死ねない…
まだ死ねない…
まだまだ生き残らなければ…
最後の最後まで、生き残らなければ…
ある者は、亡き友の為に…
ある者は、己の悲願の為に…
ある者は、この道を究める為に…
ある者は、王者としての誇りの為に…
熱かった…
誰もが皆熱かった…
八木道夫も…
竹内功介も…
丈夫義文も…
清田和博も…
大河ゆみも…
大河優太も…良太も…
宮川敏光も…
松尾玄造も…
太田新一も…美登理も…
都筑茂雄も…
祈った!
祈った!
強く祈った!
ひたすら祈った!
凄い闘いである…
壮絶な闘いである…
耳をすませば、魂と魂のぶつかりあう音が、はっきりと聞こえてきそうな闘いである…
固唾を飲む!
固唾を飲む!
固唾を飲む!
゛それでは発表します!!今年の日本選手権、第4位は…゛
第4位で その男がコールされた瞬間 館内は大きく どよめいた…
今まさに…
今まさに 大きく歴史が動いた…
16年ぶりである…
国内の大会で彼が敗れるのは、実に16年ぶりの事である…
おそらく 今日の観客の9割以上は 彼の敗戦を初めて目の当たりにした筈だ…
何処からか 誰かのすすり泣きが聞こえて来た…
大きな ため息が聞こえて来た…
それに混じって、確かに歓喜の拍手も届いて来た…
これで、いいのだ…
どんな偉大な記録でも、必ず途切れる時は訪れる…
しかしこれで、一つだけ はっきりとした事がある…
今日 この舞台で暫くぶりに新しい王者が誕生する…
それはある意味、誰もが、一度は待ち望んだ瞬間なのかもしれない…
不思議と悔しさは無かった…
゛もしも万全の状態であったならば…゛
゛もしも この怪我さえなければ…゛
そういった敗戦ではなかった…
もし そうならば、地団駄を踏んででも悔しがったであろう…
゛やるだけやった…゛
ありきたりだが 偽りの無い気持ちである…
最後は ほとんど力の入らない右腕で、ポーズダウンを闘い抜いた…
胸を張ろう…
胸を張って表彰台の右横に立とう…
そして…
戻って来る…
何年掛かるか 分からないが 俺は必ず この舞台に戻って来る…
小内英雄が退っていった…
その背中は 紛れもなく王者の誇りに満ち溢れていた…
同じだ!
奇しくも同じだ!
八木道夫の目は、確かに゛あの日゛に向いていた…
3年前…
日本クラス別70キロ級決勝…
3人の男が残っていた…
宮本護…
大河実…
吉岡修司…
熱い闘いだった…
本能を揺さぶる闘いだった…
もしも他人に聞かれたら゛あれが記者としての俺の原点だ…゛
胸を張ってそう答えられる闘いだった…
まだ駆け出しだった俺に、初めて任せられた仕事だった…
脇目も触れずに、無我夢中で書いた…
それが認められて、何とか一人前と呼ばれる様になった…
しかし…
その宮本護は 既にこの世にいない…
だが、彼を彷彿させる 本城剛が そこにいる…
その3人が残った…
あの日と同じである…
書いてやる…
今度こそ…
この闘いを存分に書いてやる…
この3年間、記者として数々の修羅場をくぐり抜けて来た…
俺は もうあの頃とは違う…
゛どうして、こう書けなかったのだろうか…゛
゛どうして、こう表現出来なかったのだろうか…゛
いつも、そういう想いに縛られ続けて来た…
あの記事を読み返す度に苦い物が込み上げて来る…
あの闘いを思い出す度に 己の力不足を痛感し続けた…
夜中に眠れず何度 歯を軋ませた事だろうか…
だから…
書いてやる…
今度こそ…
吉岡修司がそうした様に、俺も゛あの日゛に決着をつけなければ…
彼は瞬きも忘れ、ステージを見つめ続けていた…
強く想えば、夢は必らず叶う!
必ず勝つと信じて臨んだ最後の闘いだ…
負ける事なんかは、これっぽっちも考えた事がない…
そう言い切れる程の仕上がりだ…
過去に70回以上ものコンテストを経験してきた…
しかし 今日程 自信を持って挑んだ試合はなかった…
だから 客席に家族も呼んでいる…
ここまでのパフォーマンスも完璧だ…
全てが順調だった…
俺のプランに1%の狂いもなかった…
あとは、ポーズダウンで最後の最後に呼ばれるのを待ち、表彰台の一番高い場所に立つだけだ…
そこで待っている物…
待ちに待った悲願のMr.日本のタイトル…
だが…
隣りの吉岡修司を… 本城剛を見て、ほんの一瞬 迷いが生じた…
゛果たして俺は、こいつらに優っているのだろうか…?゛
それは、ほんの僅かな ほころびだった…
そして…
神は 決してこの瞬間を見逃しては くれなかった…
゛それでは第3位 ゼッケン番号29番、大河実選手!!゛
先程の小内の時にも劣らない程の 大きなどよめきが起った…
゛父さん…゛
僕は 思わず顔を伏せた…
見たくない…
今 目の前で起きている全ての事を見たくない…
父さんも…
母さんも…
良太も…
周りの観客も…
誰も見たくない…
誰にも顔を会わせたくない…
その時…
゛優太見るんだ!゛
何処からか 声が聞こえた気がした…
誰?
゛目を逸らさずに、よく見るんだ!゛
誰なの…?
゛決して逃げちゃいけない。この姿をよく目に焼き付けておくんだ!゛
父さん…?
父さんなの…?
゛お前も いつかは この舞台に立ちたいのならば、よく見ておくんだ!゛
僕は目を開いた…
そこには 客席に深々と頭を下げ 胸を張って退って行く父さんの姿があった…
物凄い拍手が鳴った…
今日 一番の拍手だった…
母さんも泣きながら、強く手を叩いていた…
良太も泣きながら、強く手を叩いていた…
僕も手を叩いた…
強く叩いた…
手が痛かった…
それでも叩き続けた…
この痛みに耐え抜けば、いつか父さんの様に なれる気がした…
一騎打ち…
二人きり…
吉岡修司と本城剛…
全くタイプの違う二人が生き残った…
吉岡修司の持っている物を、本城剛は持っていない…
本城剛の持っている物を、吉岡修司は持っていない…
あるいは…
吉岡修司の持っていない物を、本城剛が持っている…
本城剛の持っていない物を、吉岡修司が持っている…
これは 一体どういう闘いなのか…
お互い 持っている物の大きさを比べ合う闘いなのか…
お互い 持っていない物の大きさを比べ合う闘いなのか…
偉大なボクサーと、偉大な柔道家の闘い…
その様な物だ…
交わらない…
比べ合う基準が 全く違っている…
しかし…
その二つが 上手く融合しあえば、そこに新たなる感動が生まれる…
゛本城剛゛
確かに似ている…
こうして 見れば見る程 ”アイツ”の生き写しだ…
去年の8月…
偶然 お前のゲストポーズを見た…
思えば あれが全ての始まりだった…
馬鹿な奴だ…
悪ぶりやがって…
知ってるぞ…
俺は知ってるぞ…
本城よ…
本当は お前が どうしようもなく 良い奴だという事を…
そんなに 俺と゛やりたかった゛のかい…
なぁ、本城よ…
あんな手を使ってまで…
本当に馬鹿な奴だ…
ああ!俺も お前と゛やりたかった゛よ…
心置きなく その身体と闘いたかった…
分かってるさ…
お前は ”アイツ”のイミテーションなんかじゃない…
お前は本物だ…
お前は本物の漢だ…
熱いな…
狂おしい程に熱いな…
なぁ、本城よ…
本城よ…
本城よ…
本城よ…
よく来たな…
本当によく来てくれたな…
まず 礼を言おう…
本当にありがとう…
しかし…
この期に 及んで何て無愛想な顔をしてやがるんだ…
吉岡修司よ…
少しは笑えよ…
なぁ…
楽しくないのかい?…
この瞬間が…
俺は楽しいぜ…
死ぬ程楽しいぜ…
なぁ、修司よ…
熱いか?…
ああ、熱いな…
だが、まだまだだ…
うん、まだまだだな…
俺は もっと熱くなれるぜ…
もっと もっとな…
お前はどうなんだい…?
こんな物じゃないよな…
修司よ…
知ってるぞ…
俺は知ってるぞ…
お前は、まだまだ熱い漢だという事を…
俺は見ちまったからな…
あの日のお前を…
3年前のあの闘いを…
なぁ、修司よ…
来いよ…
もっと来いよ…
そうだ…
その調子だ…
修司よ…
そうだ…
そうだ…
そうだ…
二つ身体がぶつかりあう…
激しく強くぶつかりあう…
本城が動く…
修司が動く…
本城が躍動する…
修司が躍動する…
『オッちゃん、駄目だよ…俺もう見てられないよ。胸バクバクでよぉ。』
太田新一は たまりかねて 都筑茂雄に告げた…
『いや、見るんだ、新一。これは修司独りの闘いじゃない。お前も 一緒にここまでやって来たんだ。
これはお前の闘いでもあるんだ。最後まで決して目を逸らすな。』
『ああ…分かっよ…』
『オッちゃんよぉ…』
『ん?』
『ありがとな…本当にありがとな…』
二人は闘い続けた…
いつまでも闘い続けた…
どこまでも闘い続けた…
確実にあの瞬間は、二人だけの物だった…
そして…
゛それでは発表します!栄えある200X年、日本ボディビルディング選手権!新チャンピオンは!!!゛
※主な登場人物
吉岡修司…この物語の主人公、3年前 日本クラス別選手権において宮本護に敗れ、その後 護の死にショックを
受けボディービル界から姿を消すが今年復活。
宮本護…修司の宿命のライバル。アジア選手権優勝後、妻と供に交通事故死。伝説のボディービルダーとなる。
太田新一…修司の幼馴染みであり、修司の働く運送会社の社長。
大河実…修司、護の大学の先輩。『大河マジック』の異名を持つ 現アジアライト級チャンピオン。今年の日本選手権を
最後に引退を表明。
小内英雄…去年遂に日本ボディービル選手権15連覇を達成したキング、オブ、ボディービルダー
本城剛…日の出の勢いで躍進するイケメンビルダー。吉岡修司と宮本護の熱い闘いを見て覚醒。護を彷彿させる身体を有している。
八木道夫…『月刊マッスルマガジン』の編集者。
竹内功介…『月刊パンプアップ』のベテラン記者。
丈夫義文…『神の手』の異名を持つ、日本スポーツ医学の権威。
都筑茂雄…小内の前の日本王者。かつて、日本ボディビル史上最高の男と呼ばれた名チャンピオン。
猪狩一宏…次期日本王者の呼び声高い、若手バルク派ビルダー