boomerさんのボディビル小説
ライバル達の唄ファイナル…死闘編

第八章
もう何も思い浮かばない…
考える事もままならない…
ついさっき 起きた事さえも なかなか思い出せない…
やっかいだ…
俺は 何で こんな事を続けているのだろうか…?
時々 それさえ思い出せない時がある…
だが…
何となく覚えている事がある…
待ってる奴がいる…
このすぐ先で 俺を待っている奴がいる…
ずっと以前から…
何とかそれは分かる…
もうすぐ、そいつと逢えるんだ…
でも誰だっけ…
ごめんな…
今は思い出せない…
覚えてる時もあるんだけどな…
だけど、それでも やらなきゃいけない…
誰かが俺にそう命令するんだ…
誰だったっけ…
思い出せない…
思い出せないなぁ…
何をだっけ…
゛げんりょう…゛
そうだ減量だ…
゛ばりばり゛になるんだったな…
たしか…
何でだっけ…?
思い出せねーや…
゛たんすいかぶつ゛
そうだ炭水化物とかいう奴を ずっと摂ってないからかな…
それとも…
゛アイツ゛がとうとう脳味噌にまで侵って来たかな…
やっかいだ…
まったくもって、やっかいだ…
201E年9月…
”月間マッスルマガジン”の八木道夫はラスベガスにいた…
゛オーリンズホテル゛
明日 ここのメインアリーナに於いて、゛Mr.オリンピア゛が開催される…
Mr.オリンピア…
言わずと知れた世界最高峰のボディビルコンテストである…
世界中の数限られたプロボディビルダーの中でも ほんの一握りの者達しか、招待されないコンテストである…
出場する選手達は限られた その椅子を確保する為に この一年間の激しい闘いを勝ち抜いて来た…
まさに 世界のトップビルダー夢の競演である…
今年、このステージに、久しぶりに日本人が登場する…
゛BIG TUYOSHI゛
今や世界中が注目するボディビル界のニューウェーブである…
モンスター的なサイズの選手が ひしめき合うプロビルダーの中で、彼の美しく神秘的なフィジークは、
一際異彩を放っていた…
更に、その東洋的で美しく整った顔立ちは、現地の女性ファンの心をもガッチリと掴んでいる…
まさにムービースター並みの人気である…
現に今の時点でも 既に゛ハリウッド゛から数件のオファーが届いているという…
オーリンズホテルの一室…
『月刊マッスルマガジン』の八木は 、その゛TUYOSHI゛と向かい合って座っている…
プロビルダーとボディビル記者…
二人の関係は そんな希薄な物ではなかった…
お互いが相手の事を心から信頼しあっている無二の親友である…
5年前に八木は゛本城剛の真実゛という本を書いている…
この本の反響は凄まじかった…
当時、日本ボディビル界始まって以来のダーティーヒーローとなっていた゛TUYOSHI゛の人気は、
これで一気に回復…
瞬く間に以前をも上回る ビックスターへと登り詰めていった…
『いよいよ明日ですね…』
『うん、柄にもなく緊張してるよ。』
『調子はどうです?』
『うん…決して悪くはないんだけど、俺の調子が どうだから、どうなるってレベルじゃないしね。』
『そんな事はないですよ。充分に通用しますよ。』
暫くの沈黙…
そして…
『なぁ…゛あれ゛は何年前だったっけ…?』
゛TUYOSHI゛がポツリと言った…
『あぁ、もう6年になりますね…』
゛アレ゛と言っただけで 二人には それが何の事を意味するのかを、簡単に理解出来た…
『そうか…6年か…早いな…』
『早いですね…』
『あぁ…思えばあの敗戦から 全てが始まった気がするよ…』
『………』
『例え 明日オリンピアのステージに立とうが、俺はもうあの時の様に 熱くは、なれないだろうな…』
『本城さん…』
『ん…?』
『実は日本を発つ前、吉岡さんに会って来ました…』
『修司に…?』
『はい…』
『そうか…』
本城の瞳は、遥か遠くを睨んでいた…
その建物は 小高い丘の上に建っていた…
一見 何処かの企業の保養所にしか見えない 小ぢんまりとした建物である…
受付で面会の手続きを済ませる…
建物の中も ごく普通の宿泊施設で この独特の消毒の匂いさえなければ、ここが病院だと分かる者は、
まずいないだろう…
゛ホスピス…゛
末期癌患者の終末期ケアを行う病院である…
治す事を目的とした施設ではない…
治る見込みのない患者が、安らかな死を迎える…
その為の施設だ…
いかに死を迎えるかを考える施設である…
ある者は絵を描き、またある者は読書に没頭し゛穏やかにその時゛を迎える…
八木は ある部屋の前で立ち止まると軽くドアをノックした…
゛はい…どうぞ…゛
中からの返事を待ち、ドアを開ける…
部屋の主は ベットに腰掛け、窓から吹いて来る風を、気持ち良さそうに浴びていた…
床には無造作に ダンベルやバーベルのトレーニング器具が転がっている…
一瞬の絶句…
以前来た時よりも 更に酷く やつれてしまった様だ…
暫くぶりに会う その男の頬は著しくこけ、鋭い眼光が、こちらを睨んでいる…
『お久し振りです…』
『ああ…』
『トレーニングしてたんですか?』
『ああ…』
吉岡修司が身体の異変を感じて病院を訪れたのが 今からおよそ2年前…
診察結果は、末期の゛すい臓癌゛だった…
気付いた時には 既に手の施し様が無かったという…
診断結果゛余命3ヶ月…゛
それから修司は 1年半生きている…
医師も驚く程の生命力であった…
『明日 本城さんの応援でラスベガスに旅立ちます。』
『そうか…』
『昨日メールが来たけど 本城さん絶好調みたいですよ。』
『そうか…』
『何とかトップ10に残れると良いのですが…』
『そうだな…』
それ以上 会話は続かなかった…
思えば 夢を叶える かつてのライバルの話を この男の前でするのは 酷だったのかもしれない…
どれ位の時間そこにいただろうか…
その間、男は、ずっと窓の外を睨み続けていた…
『じゃあ、そろそろ行きますね…』
『ああ…』
『また来ますから…』
『ああ…』
また来る…?
本当に また会えるのだろうか…?
吉岡修司は 次を待っていてくれるのだろうか…?
゛もしかしたら これが最期の…゛
そう思うと涙が溢れて来た…
『それでは…また…』
そう告げて 足早に立ち去ろうとする八木の目が 棚の上に置かれた゛ある物゛の前で止まった…
゛Dream Tan゛
ボディビルダーが試合で 全身に塗るカラーオイルである…
まさか…!
まさか…!
まさか…!
しかし…
あの顔の やつれ方は…!
まさか…!
『吉岡さん!まさか!』
『ああ、1ヶ月後の日本選手権だ。昨日エントリーを済ませたよ。』
『!』
『まぁ、もっともそれまで俺が この世にいればの話だがな…』
そう言って 修司は強烈に 嘲らった…
彼に棲む鬼が 嘲らった…
八木は この男の笑顔を初めて見た…
-(了)-
※主な登場人物
吉岡修司…この物語の主人公、3年前 日本クラス別選手権において宮本護に敗れ、その後 護の死にショックを
受けボディービル界から姿を消すが今年復活。
宮本護…修司の宿命のライバル。アジア選手権優勝後、妻と供に交通事故死。伝説のボディービルダーとなる。
太田新一…修司の幼馴染みであり、修司の働く運送会社の社長。
大河実…修司、護の大学の先輩。『大河マジック』の異名を持つ 現アジアライト級チャンピオン。今年の日本選手権を
最後に引退を表明。
小内英雄…去年遂に日本ボディービル選手権15連覇を達成したキング、オブ、ボディービルダー
本城剛…日の出の勢いで躍進するイケメンビルダー。吉岡修司と宮本護の熱い闘いを見て覚醒。護を彷彿させる身体を有している。
八木道夫…『月刊マッスルマガジン』の編集者。
竹内功介…『月刊パンプアップ』のベテラン記者。
丈夫義文…『神の手』の異名を持つ、日本スポーツ医学の権威。
都筑茂雄…小内の前の日本王者。かつて、日本ボディビル史上最高の男と呼ばれた名チャンピオン。
猪狩一宏…次期日本王者の呼び声高い、若手バルク派ビルダー