赤と緑と金色の日 「あ〜っ!」 いきなりの大声にキンタローは振り返って声の主を見た。 「忘れてた!おと―さまの誕生日!」 グンマの父であるマジックは12月12日生まれ。そして今日はクリスマス。本当はイブにこうして会う約束だったが、お互いどうしても時間の都合がつかなかった。 「誰も覚えていなかったのか?」 グンマのリクエストの大きなクリスマスケーキにクリームを塗りながら、ちらりとこれから飾られるイチゴを見る。 「多分ね。シンちゃんも昨日遠征から帰ってきたばかりだし、ぼくもずっと研究室に詰めてたし。」 自分は誕生日にビッグサイズのオオアリクイのぬいぐるみを貰ったという。 「プレゼントの用意もしてないよう。」 ウロウロと部屋の中を行き来している様子は、いつもののんびりしたグンマらしくない。本当に困っているようだ。 「その本人は今日居るのか?」 「あ?うん、おとーさまとはさっき出会ったもん。」 その時には特に変わりなく見えたので、グンマもすっかり忘れていたらしい。 「ああ、でもぼくのお祝いじゃあんまり喜んでくれないかなあ。おとーさま、シンちゃんの方が好きみたいだし。」 ぽろりと出た言葉に、はっとして口を押さえた。 親子になってからの時間は、確かにシンタローよりは短いかもしれない。だからといって、あからさまに2人に差をつけているとも思えない。それはグンマに言ってやるべきなのだろうか。 考えながらも手は動く。 「シンタローも今本部に居るんだな?どこだ?」 「えっと、多分、総帥室。」 「よし、あいつも呼んで来よう。」 「え?」 どうして?という顔をしているグンマを連れて部屋を出ようとすると、廊下に出る直前で後ろから腕を引かれた。 「その格好で行くのはどうかと。」 グンマの用意してくれていた、黄色い熊の絵の付いたエプロンを外した。 総帥室の大きな机の前で、シンタローは書類の山と格闘していた。 「どれもこれも、何でいちいち俺のハンコが必要なんだよ!」 かなりイラついているのは一目で判る。 「カルシウムが足りてないのか?」 「うるせえ!何の用だ!」 「落ち着いて、シンちゃんもキンちゃんも。」 そうだ、喧嘩をしにここまで来たのではない。大事な用があったのだ。 「シンタロー、今すぐにエプロンを持ってグンマの部屋に来い。」 「はい?」 「生クリームが温まってしまう。急げ。」 「あの、すまんが、話がよく見えんのだが。」 「詳しくは部屋に戻ってからだ。先に行くぞ。」 はてなマークを飛び散らすシンタローを振り返りもせず、再びグンマの手を引き総帥室を出た。 グンマは黙って歩調を合わせ、付いて来る。 「で、俺の役目はマジパン作りかよ。」 「そうだ、グンマはこのプレートに字を書いてくれ。」 「これ、生クリームに乗せるのなら白じゃなくて黒い方が映えない?」 最近のグンマは細かいところでいちいちツッコミが入る。 「もう急ぐからそれでいい。あ、シンタロー、出来たらそれはここに飾ろう。」 「俺様の感性にイチャモンつけんなよ。ぜってえここの方がバランスいいって。」 二人のやり取りを見ていたグンマが、ニコニコしながら言った。 「なんか楽しいね。皆で初めての共同作業だね。」 「お前それなんか違う…。」 「そう?シンちゃんとこんな事したことないもん。」 単純にこの状況を楽しんでいるようだ。 で。 「おとーさまあ!」 マジックのプライベートルームをグンマがノックした。 「何だい?グンちゃん。」 ドアが開いてマジックが顔を覗かせる。 「あのね、入ってもいい?シンちゃんとキンちゃんも居るんだよ?」 親子といえど、いきなり飛び込めないのかとその様子を後ろから見ていた。 「どうぞ、お入り。珍しいね、この三人での御訪問とは。」 今日は割と機嫌が良い。シンタローが遠征で本部を留守にしている時とは明らかに表情が違っていた。やはりグンマの考えていた通りなのか。 「ごめんね、ぼく、おとーさまに謝らないと。」 それからね、と言ってグンマはマジックに大きなケーキの入った箱を差し出した。 「基本を作ったのはキンちゃんだけど、仕上げは皆でしたんだよ。クリスマスと、遅くなったけど、おとーさまのお誕生日おめでとう!」 他人に対して気配りというものを殆んどしないグンマだが、マジックには何かしらの想いがあるらしい。 自分の物を人に分けるなどした事がなかったグンマが、このケーキをそのままマジックに譲るということ自体が凄い。これをプレゼントにしてはどうだという意見に素直に応じた時、自分の方が驚いた位だ。 「これ、皆で作ったの?それなら全員で一緒に食べようね。」 「俺は食べたら仕事に戻るからな。まだ山ほど残ってるし。」 「甘いものは頭にも良いからね。ちょうどいいよ。」 ああ見えても四人兄弟の長男であるマジックには、さりげない優しさがある。心地良い。今、この場所が。 「どうしたの?キンちゃん?」 「いや、グンマ、何でもない。」 そのケーキは、今までに食べたどんなご馳走よりも美味しかった。 そして、ケーキの入っていた華やかな箱の色を、多分ずっと忘れない。クリスマスカラーの、赤と緑と金色の。 終 |