あのイメージ
あのひとは、きらい。
じゅうだいめのそばにいられるから。
じゅうだいめを護っていられるから。
だから、じゅうだいめの盾になって大怪我をしたと聞いた時も驚かなかった。
むしろそれは当然の出来事とうけとめた。
だけどそれから、お見舞いに行かなきゃと、じゅうだいめは
じぶんのところにあまり来てくれなくなった。
あのひとが、じゅうだいめをじぶんから遠ざける。
しばらくして、驚異的な回復力で復帰してこのお屋敷に静養しているとじゅうだいめが笑顔で語る。
あのひとのことを、じぶんに。
大切な右腕だと。
それはただの守護者とかいう護衛に対する言い方ではない。
思い知らされた。
じゅうだいめもあのひとのことを。
それならじぶんは、じぶんの存在は…?
昔読んだ本にあった人魚が泡になって消える前もこんな気持ちだったのか。
足元から消えてゆく。じぶんはこんなに儚い。
それなら…。
「あ、寝てる」
無理を言ってお見舞いしたいとじゅうだいめに連れてきてもらったあのひとのいる部屋。
医療用の機器があるのかと思っていたら本当に傷はほとんど回復していたようで、
大きな窓のある日当たりのいい部屋の中で、銀色の髪のひとが眠っていた。
ただ、包帯も、点滴も取れたばかりだという。
「…っと、電話だ」
じゅうだいめは忙しい。
ポケットから電話を取り出すとすぐにドアの向こうで話し始める。
何かの指示を出しているみたいな威厳のある言い方。いつもとは違うじゅうだいめ。
置いていかれたじぶんはそのままベッドを見下ろして立つ。
そして目を閉じているひとに小さな声で語りかける。
「あなたは、じゅうだいめより先にしなないといけない。それが仕事…」
護るべきひとより後に残されたのでは、意味がない。生き方に。
「あなたがいなくなったら、俺が、じゅうだいめを護るから。安心して、逝っていいから」
「ハヤト、戻るよ。おいで」
電話を終えたじゅうだいめに呼ばれて振り向いた。
「はい、今行きます」
もう一度寝顔を見ようと視線を戻して、
…思わずぞっとした。
冷たい、緑の瞳が刺すように見上げていた。
そして言われた。
「お前が、先だ」
と。
「怪我人にあんなことをしちゃいけないよ?」
殴りかかろうと、振り上げた左手をじゅうだいめに止められた。
そのまま背中に腕を回されて床に押し倒される。
「おかしいと思ったんだ。オレを護ってくれた右腕の人にお礼を言いたい、なんて」
「…じゅうだいめ…痛い…」
絞り出す声。
「殴られたらもっと痛いよ。そんなに彼が嫌いだったの?」
今更隠しても仕方がない。
「きらい…嫌い…!」
直後、肩の関節から大きな音がした。激しい痛み。
「大事な彼にあんなことをするこの手はいらない」
「じゅうだいめ!ごめんなさい!」
悲鳴を上げても更に力は込められてゆく。
「オレじゃなくて彼に謝ってよ」
「いやだ!」
じぶんは悪くない。何にも悪いことをしていないのに謝りたくない。
特に、このひとには。
「どうしてそんな聞き分けのない子になったの?」
「じゅうだいめ!痛い!」
ギリギリの所で止められている。骨が軋む。
「関節外したくらいじゃ効かないか。…折ろうかな」
「ボス、いいです」
静かな声。
「身体の痛みは時が経てば治り、忘れてしまう。でも、心の痛みは忘れません」
「…そうだね、『今の』ハヤトにはこれが効くかもしれない」
いまの?どういう意味?
「選んでもらおう」
外れていた関節が元に戻され、痛みが引いてきた。身体を起こされる。
落ち着いたはずなのに涙がポロポロと零れて止まらない。
「ハヤト」
優しい声で
「オレが、この彼を抱くのをただ見ておくのと、君が、彼に抱かれるのと」
選択を迫る。
「どちらがいい?」
他に道はない。それなら答えはひとつ。
「…じゅうだいめは、見ていてください」
「へえ、そうなんだ」
ゆっくり立ち上がると、このひともベッドに起きて座っていた。
触れさせない、じゅうだいめには。
このひとにだけは。
慣らさないまま貫かれる痛みは思いの他激しかった。
冷静さを保つなんて出来ず、短い悲鳴を上げながら無意識に逃げる身体を捕まえられ、
強い力で猛る肉棒を押し込まれる。
そんな泣き叫ぶじぶんを、じゅうだいめは嬉しそうに見つめている。
「…ひっ…く…!」
背中を逸らして脚をばたつかせ、時間を稼ごうとしても容赦なくそれはじぶんに突き立てられる。
「はい…ら…ない…、無理…」
これ以上は、本当に。既に最奥に到達し先端で叩かれているのだから。
それ程にこのひとのは大きい。
「自分で締めておいて何が無理だ。いつもボスのモノを悦んで飲み込むくせに」
あれは、じゅうだいめが優しくしてくれるから…こんなに酷くしないから…。
声にならなくて震える唇をこのひとが見ている。
キスをされるのはいやだ。ぎゅっと口を閉じて歯を喰いしばる。
これがじゅうだいめなら。
最中にキスをされると気持ちよくて、
身体中が熱くなって頭がぽわんとして大好きと強く抱きつくのに。
「…うあ…っ!」
「舐めるのを嫌だと言ったのはお前だ。だからそのまま挿れた」
乾いた口に。
傷付くのを承知で。
まだ全部入ってない状態で揺さぶられ、引く反動で押し込もうとするから、
余計にあそこで噛み付くように力を込めてしまう。
「痛い…!」
「ここは言うほど嫌がっていないくせに」
無防備に晒されていた自分自身をぎゅうっと握られそのまま強く扱かれた。
仰け反ってシーツを掴みじゅうだいめを呼ぶ。
「いい反応をしてくれるね。ほんと、敏感で、淫乱になっちゃって」
涙を流しながら横目でじゅうだいめを見つめる。
「じゅ…そんな…」
「でもそんなハヤトが大好きだよ」
その言葉だけで救われる。まだ好きと言ってもらえる。
「大好き…じゅうだいめ…」
「誰としてるつもりだ?」
途端、体内から脳天に突き抜けるあの感覚。このひとでいきたくないのに。
「あ、ハヤトのいいトコロに当たってるみたい。そこを攻めてみて」
「や!嫌だ!」
感じたくない。でも心と身体は別物ということを、この身をもって教えられる。
「嫌ならイクな」
繋がったところが熱い。中も、擦られて解されてきた。
でもこれは、じゅうだいめにしてもらって気持ちいいこと。
このひとでいかされてたまるかと、自分の腕に噛み付いた。
大人2人が息を呑む。
別の痛みが堕ちかけていたじぶんを引き戻す。
くっきりと付いた歯形とにじんだ血。
そうして乱れていた呼吸を落ち着かせる。
「…貴方なんかに…」
負けるものか。
「…そうか、痛いのが好きか」
…な、に…?
「ボス、少し躾をしてあげてもいいでしょうか?」
「そうだね、息をしていればいいよ」
…じゅうだいめ…?
「お許しが出た。…覚悟はいいな?」
…じゅうだいめ…そんな…に…。
「せっかく気持ちよくなっていたのにな」
…じぶんより、このひとが大事?
ぱたりと腕が落ちた。力が抜ける。
どんな痛みより、受ける責めより、じゅうだいめに突き放されることが、
こわい。
「このハヤトは少し重いよ。方向性が良ければいい忠犬になったのに。惜しいなあ」
想いを受けとめてもらえない。
声が届かない。
こんなに近くにいても。
「無理はしないでね。まだ君は療養中だし」
「お気遣い、ありがとうございます」
このひとには優しい。
「じゅうだいめ…?」
「ハヤト、ちゃんと奉仕してあげるんだよ」
じぶんには…。
笑顔で離れていくじゅうだいめ。
首に手が掛かる。
「この手と同じように、下の口を締めるんだ」
ぐっ、と絞められる。
だからその手に爪を立てた。
頬を叩かれる。
「もう一度」
苦しいから、同じように爪を…。
このひとの言葉が理解できない。
身体がいうことをきかない。
じゅうだいめがわらう。
「オレを好き過ぎるハヤトはもういいや」
と。
このひともわらう。
「消えろ」
と。
目を閉じる寸前、泡に包まれているように耳元でプクプクと音がした。
<終>
※ 『やさしい嘘』の続きな10代目争奪戦でした(20090906)