覚醒

 

 

 

 

「キンちゃん、ぼくは、ただ甘やかされていた訳じゃないんだよ?」

二人きりの酒盛り。グンマは酔うと普段喋らない事を言う。

「高松は、ぼくを怒らせないように、怖がらせないように、一人にしないように、目を離さないようにしていただけだったんだ。」

どう答えていいか判らず、冷たさが心地良い革張りのソファーに身を委ね、黙って話を聞く。

「秘石眼の力を出さなくて済むように、不満の無いように過ごさせてもらっていたんだ。そしていつも傍で見張っていた。内なる力が目覚めないように。外見だってマジックお父様に似ないように髪を伸ばしていたんだと思う。」

復讐の道具にされていた。パプワ島でそれを知った時のグンマの驚きと悲しみは測り知れない。

「大事にされてた訳じゃない。ただ、上手にコントロールされてだだけ。感情を昂らせないように。でないと皆にばれちゃうもんね、両方の目が秘石眼だって。」

反対にシンタローのように訓練していれば、戦いの場に慣れさせていれば、どうなっていたのだろう?

「ね、キンちゃん、キスしよ。」

顔が赤い。見た目と違い、酒には意外と強いはずのグンマ。

「ペースが早いな。飲みすぎだぞ。」

「キンちゃんこそ、さっきから黙って飲んでばっかりだよ。」

…キスして、ではなく、しようと。最近は求めるような言い方ではない。一緒に、同等にと。

そういえば、高松にはああしてこうしてと、まるで子供のような物言いだった。甘えて、頼り切っていたように見えた。どちらかといえば、自分にはグンマのほうが保護者のようにさえ思う。基本的には面倒見がいいのだろう。色々と心配して世話を焼いてくれる。それも楽しそうに。

「あ、お酒なくなっちゃった。お開きにする?」

空になったボトルを持ち上げて見せる。

今日だって、最近ゆっくり酒も飲めないとシンタローと話している所にひょっこりと現れて『キンちゃん借りるね!』と半ば強引に連れて来られた。勤務の時間は終わっていたのでシンタローも何も言わず、ひらひらと手を振っていた。

グンマの部屋に用意されていた沢山の酒。こつこつと集めていたのだという世界中の酒はその殆どがグンマの好みだったが、何故か密かに自分好みの物も混じっていた。

「前に美味しいって言ってたじゃん。」

何かの会話の拍子に出た銘柄。人の話を聞いてないようで、実は常にアンテナを立てている。それはそれで、自分に関心を持ってくれていると思うと嬉しいのだが。

「大好き、キンちゃん。」

ゆっくりとグンマの方から唇を重ねてくる。今は、軽いキス。その身体を包み込むように抱きしめた。

「ね、キンちゃん、どんな事があっても、ずっと一緒にいようね。」

人を束縛するような言い方は好きじゃないと言っていたグンマ。本当に今日は少し酔っているのかもしれない。

「ああ、約束する。」

そして今度は自分から口付けた。

グンマは高松の事をどう思っているのか判らないが、ある意味彼のおかげで今のグンマがある。あのままマジックの子供として育っていれば、周りからのプレッシャーや求められる力の大きさに押し潰されていたかもしれない。あのシンタローでさえ、一度は逃げ出したガンマ団だ。

「…キンちゃん?」

ただ黙って抱きしめるだけのキンタローにグンマが声を掛ける。

「ああ、悪い、酒が足りないか?」

「違うって、ハーレムおじ様みたいな事言わないでよ。それに飲み過ぎると勃たなくなるってシンちゃんが言ってたよ。」

「なに?」

今、さり気なく凄いことを言ってのけた気がする。

「お酒は程々にしておけってさ。だからぼくも酔い潰れる位飲んでないんだよ、最近は。」

なんて事を、よりによってグンマに吹き込むのだシンタローは。

しかし最近は、とは?

「一時期、記憶が飛ぶ位ヤケ酒してて…って、あわわ。」

「一人でか?」

「ううん、シンちゃんと。まだキンちゃんと出会う前だけど。」

シンタローに何もされなかったのかという言葉が喉まで出かかった。それを察したらしい。

「でね、いっつも気が付いたらベッドに寝てるんだよ。何かしてないよね?って聞いたらさ、『お前に手を出さなきゃいけないほど、俺は相手に不自由してねえよ』だって!それはそれで腹立つよね!」

ぷんぷんと怒る様子はいつも通りで安心した。

「これ位で酔ったとは言わん。かえって元気になったようだぞ。」

グンマの手を取り自分の股間に導く。

「あ、おっきくなってる。良かった〜。」

無邪気にさらりと危ないことを言う癖を直させないといけないな、と思う。

「だが飲んでばかりいては時間も無くなるな。」

「待って、それならシャワー浴びてくる。」

立ち上がろうとしたグンマの手を引き、横に座らせる。

「時間が勿体ない、そのままでいい。」

「え、ここで?やだなあ、こんなに酒ビンのいっぱいある所で。せめてベッドに…。」

最後まで言わせず、その口を自分の唇で塞ぐ。

 

お前は、そのままでいてくれ…。瞳に宿る力を使わなくて済むように、今度は俺が護ってやる。言葉には出さないが、その気持ちを込めてグンマを強く抱きしめた。

 

 

 

 

先にシャワーを使い戻ってみると、グンマが小さな瓶を手にして座っていた。

「それは?」

「これ、パプワ島から帰った後で高松から渡されたんだ。今までぼくが持ってたけど、キンちゃんに預けておくね。」

手渡された茶色の瓶の中身は、錠剤がひとつ。

「もし、ぼくの力が暴走して人を傷つけるような事になったら、キンちゃん、これをぼくに…。」

真っ直ぐに見つめてくる青い眼。これのどこにあんな力が隠されているのだろう。

「俺が預かるということは、いつもお前の傍に居ないといけないな。」

「そうだよ。そしてぼくより長生きしないと。先に死んだりしちゃ駄目だよ。キンちゃんには『僕から皆を守る』という使命があるんだから。」

ふざけた言い方だが、半分は真実だろう。

「ぼくもシャワー浴びてこようっと。」

よいしょと立ち上がり、髪の毛を結ぶリボンを解いた。金髪が広がる。

「ねえ、何だかお腹空いちゃった。ほとんど食べないで飲んでたもんね。」

「ああ、その上運動もしたしな。」

二人で顔を見あわせて笑う。

「何か用意しておこう。」

「うん、よろしく。」

 

 

グンマを大事に思うからこそ、グンマの望みは叶えたいと思う。

例え自分がグンマの命を奪う事になっても、それを他の誰かにさせようとは思わない。

それが本人の望みなら、この手をグンマの血で染めても構わない。

そして、そうならない為にも自分がグンマの力の封印になろう。

 

 

手の中に納まっている小さな瓶を、自分のスーツの内ポケットにそっとしまった。

 

 

                             終

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