こいのきせつ

 

 

 

「お返し?」

5月の大型連休明け、山本が紙袋を持って訪れた。

「これ、ヒバリがな、もらいっぱなしは借りを作ってるようで気分が悪いって言うのな」

思い当たる事といえば、先日の柏餅のこと。

素直に『ありがとうございました、これはほんのお礼です』と言って本人から渡してくれたらいいものを。でもそんな事はあの人に限って絶対に言わないだろうから、せめて山本に託して態度で表してくれただけでもよしとしないと、ということだろうか…。

悶々と巡る考えを遮るように、

「じゃ、俺これで帰るわ」

と、あっさりと踵を返す親友。

「ちょ、ちょっと待ってよ!…上がっていかない?獄寺くんもいるし」

「ん〜、ツナに渡したらすぐに戻れって言われてたのな」

山本は一度こちらに向き直り、早く行かないと待たせちゃ悪いしと頭をかく。

「なんなのさ雲雀さん!ていうか一緒に来いよ!」

「へえ、来てもよかったの?」

この声は…?とおそるおそる山本の身体越しに見た玄関先には風紀委員長様の御姿が。

「あんまり遅いから様子を見に来たよ」

「はは、ごめんな、ヒバリ」

「ああ、すぐに気付かなくてごめんなさい、背の高い山本に隠れて見えませんでした」

 

…山本は気付いただろうか。この場の空気が一瞬にして凍りついたのを。

 

「君こそ大人になってもあの不良より背は伸びないよね」

「なに見てきたような事言うんですか!伸びますってば!」

背に関してはお互い好きな相手より低いっていうのがコンプレックス。

「牛乳くらいじゃ背は伸びないよ」

「だから何でそれを知ってるんですか!」

未だに続く獄寺くんからの毎日の差し入れ。もういいよと断るのにも疲れたから飲んでるけれど、牛乳って本当に身長伸びるんだろうか?メジャーに行った有名な野球選手が毎日2リットル飲んでたっていう話は本当だろうか?(これは山本に聞いた)

「まあまあ、とりあえずツナはこれお母さんによろしくな」

流石に2人の間に火花が見え始めたのを察したのか、山本は紙袋をオレに手渡すと雲雀さんの手を引いて

「今度はゆっくりしに来るからな!」

と行ってしまった。

…つか、あの雲雀さんを引っ張って行ったよ、山本すげえ…。

 

 

「10代目?」

二階から獄寺くんが降りてきた。今のいろんな動揺なんかを悟られないようにゆっくりと振り向いて笑顔で応える。

「ごめんね、山本と話は終わったから。これ置いたらすぐ部屋に行くよ」

「はい、あ、俺が運びましょうか?」

これが雲雀さんからのものだと知られたら爆破されそうな気がして

「いいよ、ありがと。先に行ってて」

と慌てて台所に向かう。

みんなは買い物に出かけていて、今はこの家に獄寺くんとふたりだけ。

台所のテーブルにそれを置き、ついでに冷蔵庫から冷えたジュースを取り出そうとして、或る物に目が行き手が止まった。

 

「牛乳…」

 

獄寺くんより背が高くなりたい。

獄寺くんみたいにかっこよくなれなくても、頭が良くなれなくても、身長くらいは抜かしたい。

シャープでしなやかな身のこなしと気だるい雰囲気を併せ持つ、その仕草から目を離せないきみ。

「かっこいいよなあ、獄寺くん…」

大好き。

冷蔵庫に頭を突っ込んだ体勢で言うことじゃないんだけど。

 

 

…背後で微かな音がした。

 

 

「10代目…」

顔をそちらに向けると、空になったコップをトレーに乗せた獄寺くん。わあ、オレ以上に真っ赤だよ。

「き…こえた?」

「…はい…」

パタンと扉を後ろ手に閉めた。

獄寺くんもトレーをテーブルに置く。

「おかわり持って行こうと思ったんだけど…オレはジュースやめて牛乳飲もうかな」

ちょっと恥ずかしくなって俯いて、でも伸ばした手は獄寺くんの手首を掴む。

「獄寺くんのために」

下を向いてて見えないけど、今の君の顔は想像出来るよ。

「あああ、あのう…10代目…それなら俺の家で…」

「…ん?」

「この家では…その…もうみんな帰ってくる時間…」

…ちょっと待て。

「違う、そっちの方面じゃなくて…」

自分の勘違いに気付いたのか、顔を上げたときにはこれ以上ないくらい赤くなってた獄寺くん。

「うん…飲ませてくれるのは嬉しいけど確かにうちではまずいよね」

「すみませんっ!10代目!」

思わず逃げようとする身体を引き寄せ抱きしめる。

「いいよ、たまにはこんな姿も見せてよ」

焦るとか、照れるとか、多分オレ以外には見せない顔。

クールな雰囲気とかけ離れた今の様子は、大丈夫、誰にも見せないから。

「まあでも母さんたちが帰ってきたら留守番もおしまいだからさ、それから行ってもいい?」

「あ、はい!」

「でもその前に、ちょっとここの椅子に座って」

「はい?」

テーブルの椅子を引いて獄寺くんを座らせて、オレは立ったまま

「このくらいの身長差で見下ろせるくらいになりたいんだよね〜」

と、思わずこぼれる本音。

「なりますよ!10代目なら!」

その根拠のない自信満々な発言はどこからくるんだろう。

「じゃ、シュミレーションとして…」

そのまま軽くキスをした。

「こんな感じが理想」

そのままやさしく身体を抱きしめると、おずおずと背中に手を廻してくる君。

「大好き」

獄寺くんがさり気に身にまとっているカッコイイ倦怠感(大人っぽいところ)も、オレの事となると周りが見えなくなってしまうやんちゃな(子供っぽい)ところも。

みんな大好き。

「…早く帰ってこないかな。母さんたち」

だけど、このままこうやっていたいと思う矛盾も抱え、そういえば雲雀さんは何を持ってきてくれたんだろうと別のことを思ったりしながらのひとときの抱擁。

 

 

 

澄んだ青空は降水確率ゼロパーセント。

時々手を繋いで笑って走って辿り着いた君のうち。

でもこんなにいい天気なのに外に出ないのは勿体無いかな。

それならと。

…今日は、カーテン開けて外を見ながらやりたいな…っていうのは、その直前まで黙っていよう。

できるかな、できるさ自分。

はやる気持ちを抑えつつ、玄関では、わざとゆっくり靴を脱いだ。

 

 

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     恋と鯉(5月は鯉のぼりだし!)をかけてみました。さて、雲雀の持ってきたお返しは何だったでしょう?あと、これは『余裕な冷静』から繋がっている系なんですが、既にできちゃってますね…。ここに至るまでのおハナシはまた別の機会に…(20090524

 

 


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