雲の中に隠した恋 「日本人って…」 獄寺くんは慣れたようでも時々日本の風習に戸惑っている。 「なんで行間を読むとか、空気を読めとか言って、ズバーンとストレートに表現しないんですかね?」 オレもこれに関してはどう答えていいか、実はよく判らない。 で、結局 「さあ、島国だからじゃない?」 と適当に言ってしまうのだが、 「そうか、だからですか!流石10代目です!」 なんて妙に感動されちゃうと困ってしまう。 「シャマルなんか典型的イタリア人だよね」 「なんでアイツが出てくるんスか!」 「いや、自分の気持ちに正直だよね、羨ましいくらいストレートじゃん」 「エロいだけです!」 プンスカ怒りながら横に並んで歩く君は、でもオレに付き合って保健室まで来てくれるんだよね。 「…っと、大声出してすみませんでした。頭痛、大丈夫ですか?」 最初、お姫様抱っこして運ばれそうになったので必死にそれはやめろと叫んでまた余計に痛くなったんだよな…。 「ん、朝よりひどくなってきた…かな?」 夏風邪かなあ。少し寒気もする。 でもそう言っちゃうと、獄寺くんはきっと『10代目、俺の服を来て下さい』なんて教室で自分の着ている物を脱ぎ始めるに決まってる。まさかしないよねそんなこと…と思うその通りのことをしでかしてくれるからな、この人は。 「あー、だるい…」 「そんな時は速やかに保健室に…と言いたいところだが、あそこはついさっき留守になってしまったようだよ」 「うわ、雲雀さん!」 この暑いのに学ランを肩に掛け、汗ひとつかいていない涼しげな切れ長の目でオレと獄寺くんに視線を流す。背後からの不意打ちはホント勘弁願いたいんですが…。 「何でテメエが知ってんだよ!」 雲雀さんを見ると常に臨戦態勢になってしまう獄寺くんを脇に寄せ、 「デートに行ったんでしょうか?」 と軽く聞いてみる。 「いいや、先日僕が秘密裏に注文した薬品が届いたので、港で運び屋から受け取ってくるそうだ」 「なんかやばそうなニオイがするんですが…」 「まあ日本の法律は固いから仕方ない。でも裏のルートも色々あるから大丈夫さ」 「どんなルートを使って何の薬を買うんですか?」 「強くても後に残らないやつを…」 「毒!?」 「まさか。あの子にそんなモノ飲ませるわけが…」 「山本、逃げてー!」 いつも思うけど、山本は一緒に弁当を食べている時や宿題をオレの家でしている時なんかにさり気なく、『こないだヒバリにこんなん試されちまって…』なんてビックリするようなことを言ってのける。 嫌だったら嫌ってハッキリ言いなよ!と机を叩いて力説するんだけど、当の本人が 「別に嫌じゃねーし、ヒバリが俺に用意してくれたもんなら使わなきゃって思うし…」 だって。おまけに 「でもな、それ超キモチ良かったぜ」 って満面の笑顔見せられたらもう何も言うことはない。 山本はホントに雲雀さんが好きで信用している。何の迷いも無く。そんな山本だからこそ、あの雲雀さんが惹かれているし、多分口では言えないような事もっと沢山してるんだろうな、とか深読みしてしまう。 「…だから、保健室は閉まっているんだ」 「あ〜、じゃあオレ帰ろうかな」 これからまた教室に戻って授業なんて受けられない。 「ならせめて少し楽になるまで応接室で休ませてもらえばいいじゃん?」 「…!」 「…え?」 「呼んだか?ツナ?」 「山本!?呼んでない、てかむしろ逃げろって…!」 この天然なところ、やっぱ山本だ…。 「なあヒバリ、だめか?」 お願いしているようには見えない態度だけど、驚いたことに 「…少しだけなら仕方ない。大事な並盛の生徒だしね」 …あの雲雀さんが折れてしまった…すげー…! 「ただし、条件がある」 「条件?休む為にですか?」 「側に一人は付いていること…」 「でしたら右腕のこの俺が!」 「君じゃない。山本武、いいね?」 「俺?ま、いっか」 ちょっと待て。 「応接室は選ばれた人しか入れない。そこの君では不適切だ」 「俺の何処が不適切だって?」 「うるさいからだよ」 もうそのままズバリとオレの言いたい事を言ってくれて…って、違う! 「待って待って!いいから、ウチに帰ります、帰って寝ます!」 こんなトコで喧嘩されても、正直オレでは何の解決策も見出せない。 何より、応接室で寝られる訳がないし。 恐ろし過ぎるし…。 結局、早退届を出してオレは家路についたのだが… 「どうして獄寺くんが横を歩いているのかな〜?」 独り言のように前を向いたまま口を開く。 「ご病気の10代目をお一人で帰宅させる訳にはいきません。お供します」 「学校には言ってきた?」 「まさか!緊急事態ですから」 ふう。 この自分の気持ちに素直なところなんか、イタリア人の気質が強いなと思うんだよね。 それだけオレを大事に想ってくれているのはよくわかるから…。 だから…。 「10代目?大丈夫ですか?」 「獄寺くん、頼む…」 …立っていられない眩暈。ここでオレが倒れたら君に一番言いたいことは…。 「オレを運ぶとき…おんぶにして…」 これだけは何としても…! 君がシャマルのこと好きだった頃、髪形を真似てたのは自分の中に好きな人の面影を忍ばせたかったんだよね。鏡で自分を見ても、まるで好きな人を見ているような安心感を持てるように。同じものを持つ。同じになる。…ひとつになる…。それを求めて。 「違いますよ、10代目」 目を覚ますとそこは見慣れたオレの部屋と獄寺くんの姿。 「獄寺くん?今、何か言った?」 「10代目、俺、凄く嬉しいんですが…」 「嬉しい?」 「あの、もしかしてヤキモチ妬いて下さいました?」 はっとして口を押さえる。 「声に出てた?」 「出てました。夢じゃないかって思う位嬉しいです…」 起き上がって上目遣いに笑顔でいっぱいの彼を見る。 「…敵だって、例えどんな人でも他人を嫌いになりたくなかったのに…オレ、シャマルだけは大嫌いだった」 「うわ…」 「今はもう様子も判ったけどね。大体シャマルにその気がないだろ」 「はい。それは早々に気が付きましたんで、それ以降は単に憧れの師匠として教えを請うに至ります」 そうなんだけど。 だけど未だに近付きたくない、保健室には。今日は正直ホッとした。 「何だか、オレの方が未練たらたらじゃん」 「そこが10代目らしいところです。判っていても切り替えるのは難しいですよね」 好きな人が自分に興味を持ってくれないとか、想いを受けとめてくれないとか、そんな悲しいことを乗り越えてきたんだ。獄寺くんは。 「オレは、何も真似なくてもいいくらい、いつもそばに…」 こら自分。何言ってんだ? 「君とずっと一緒に居たいと思ってる。オレ、獄寺くんが大好きだ」 待て、どうしてそんな告白を今ここでしてんだ? 「誰にも取られたくな…」 「10代目!ありがとうございます!」 最後まで言い切らないうちにいきなり抱きつかれてベッドに押し倒される。 あー、なんか目が回って獄寺くんを押しのける力もないよ。 「俺も10代目が大好きです!これまで曖昧な表現で好きと言われていたようですが、最後のあの言葉…本音を聞けて嬉しいです!」 最後…誰にも…ってやつ? 「そんな情熱的に愛を語って下さってありがとうご…」 「違うよ」 「は?」 「こんなもんじゃなく、もっともっと色んなことを思ってる。まだ全部想いを出し切っていないよ」 「え?」 「手の内を全て見せないのが駆け引き上手なやり方で…」 もう自分何言ってんのか判んない。ただ、これだけは確実。オレも獄寺くんを抱きしめ、 「好き。友情じゃなくて愛情として」 返す言葉を失くした君にあとひとこと。 「ごめん、だけどもう少しだけ休ませて…」 再び寝息を立て始めたオレに抱きつかれたまま数十分、正直なところ獄寺くんにとっては生殺し状態だったらしい。 だけどオレは満足したよ。 言いたかったこと伝えられて。 ちなみにリボーンに見つかった時に獄寺くんが掛けられた言葉は、 「何だテメェ下克上か?」 だったって?全力で否定したってね。大丈夫、絶対にそんなことにはならないしさせないよ。 「ねえ、寝てるオレに何もしてないよね?」 数日後の昼休み、屋上で山本を待ちながら聞いてみる。 「しししし…してません!」 「したかった?」 「それはもちろん!」 …直球過ぎて、からかう気にもならないや。 たまにはそんな気持ち、空に浮かぶ雲の中にでも隠してみたらどう? 「10代目、笑っていますが何か嬉しいことでも?」 「今ここに獄寺くんが居て嬉しいな、って」 「お、俺も10代目の側に居られて嬉しいです!」 だけど獄寺くんのあんな気持ちやオレのこんな気持ちを雲に一つ一つ隠してたら、この大空にある量くらいじゃ足りないね。 「獄寺くん、大好き」 「は?え?その…」 「だから隠さない」 「…は?」 訳わかんないって表情。いいよわかんなくたって。 「山本〜早く来ないと先に獄寺くん食べちゃいそう…」 屋上の扉に向かって未だ来ぬ親友を呼んでみる。 そうして空を仰ぐと、 さっきよりも雲の数が増えたように感じたのは、 気のせいだろうか? <終> ※ 雲山も単品で出したいな〜(20100802) |