求め

 

 

 

助けて。

何度も叫んだ。

許して、ごめんなさいと、どれだけ涙を流したか。

殺されてしまうかもしれないと本気で思った。

しかしそれでも僅かばかりの希望を持っていた。

きっと、誰かが助けてくれると。

伸ばした手を払い除けられ、痛みと孤独に泣き疲れて眠りに落ちる。

 

もう、思い出したくもない過去の事。

 

 

 

マーカーは幼少の時の記憶が無い。物心付いた頃には女人禁制の修行場で慰み者として男達に毎日のように犯されていた。

そこでの欲望の捌け口としての扱いは凄まじく、何度も脱走を図っては捕らえられ、更に激しい暴行を受けた。自ら命を絶とうとするもそれは叶えられず、監禁されただ生きているだけの日々が続いていた。

抵抗して出来る傷の手当ては勿論無く、むしろそこを急所として狙われて動きを封じられる。声が枯れるまで泣き、疲れきって動けなくなるまで嬲られた。

「東洋人の黒い髪はそそるねえ。」

「大人になったら美人になるよ。」

「それまで生きられりゃいいがな。」

怒りと絶望で涙が溢れる。

そんな中、マーカーは身体の内側が熱を持ったように熱く、その熱の出口がないままどんどんと溜まっていくようなもどかしさを感じていた。

何かのエネルギーが爆発寸前というような…。

きっともう肉体的にも精神的にも限界に近いのだろう。

そう思っていた矢先、突然救いの手は差し伸べられた。

ガンマ団の襲撃によって。

その頃のガンマ団は少しでも敵対心があると見れば危険分子撲滅を言い分に奇襲攻撃を仕掛けることが多々あった。

「こんな所に子供が…生きてるのか?」

虫の息で横たわるマーカーが発見されたのは奇跡に近い。生き残りがいないとみれば建物ごと破壊して立ち去るのが彼らのやり方だったからだ。

「子供は助けてやらねえとな。」

最前線でこの部隊の指揮を取っていたハーレムが抱き上げる。

「よろしいのですか?敵かもしれないのに。」

「これだけ怪我してるのに放っとくってのは、奴らの仲間じゃねえってことだ。連れて帰って治療してやろう。」

ああ、自分は助かった。これからの一生、この人について恩返ししなくては。マーカーは長い金色の髪の毛がなびいて、まるで百獣の王のような風貌のハーレムを見上げながらそう思った。

 

 

「特殊な能力?」

「ええ。本人はまだ上手く使いこなせていないようですが。」

治療を任せた高松から聞かされた意外な言葉。

「どんな力が?」

「…炎を操る。」

病室に入ると、ハーレムはその姿を見て一瞬息を呑んだ。

床に座って膝を抱えた姿勢。その周りを包む青白い炎。ゆらゆらと陽炎のように儚く見えるが、手を伸ばせば確実にそれは肌を焼く熱を持っている。

「もっと早く力が使えりゃ、自分で自分の身を守れたのにな。」

「どうも封印されていたみたいですね。記憶が無いのもそのせいでしょう。」

「過去の記憶なんてどうでもいい。まだ子供だ、これから経験を積んでいけばいいだけのことだ。」

「そんな簡単に考えないで下さいよ。」

近づくハーレムにマーカーは来ないでと止める。自分でも周りの火が消せないのだと言う。

「ここではお前に何かしようとする奴はいねえ。安心して落ち着いてりゃそのうち消えるって。そうすりゃ俺と戦場に出よう。実戦でコントロールを身につけろ。」

「ばっ!アンタ何考えてるんですか!いきなり連れて行ける訳ないでしょうが。」

慌てる高松などお構いなしに話し続ける。

「どうだ?お前さえよけりゃ明日にでも発つぞ。」

「ハーレム!」

「…行く…。」

この人の役に立てば。何かが出来れば。そう考えていたマーカーの目をハーレムはじっと見た。

「使い物にならなけりゃそれまでだし、いい線いけば、そのうち俺が独立して作る部隊に入れてやる。」

不安でたまらない子供を傍に置いて訓練をしてやるなどという、その外見からは想像もつかない優しさにマーカーは決心した。

「今度は、私が貴方を守れるように強くなる。必ず貴方の部隊に入る。」

「おう、約束だからな。待ってるぜ。」

ハーレムにとっては軽い気持ちで交わした約束。しかしマーカーにとっては一生を賭けた約束になった。

あの地獄から救い出してくれ、力を解き放してくれた。

自分はこの人を決して裏切らない。この人に求められれば命だって惜しくない。ガンマ団の為ではなく、この、ハーレムの為だけに動こう。そう誓って拳に力を込める。

「おっと、そうだ。これだけは言っておくぞ。俺はお前と仲間にはなるが、保護者になる気はねえからな。覚悟しとけよ。」

 

二人が出て行った後、炎は静かにマーカーの体内に納められていく。求めに応じて、あの人を守る盾にも攻撃の技にも変化させられるようにしなくては。

ふと、守るべきものがある生き方というのも、もしかすると楽しいかもしれないと。そんな考えが頭の片隅に浮かび、声もなく笑った。早く大人になりたいと思いながら。

 

 

 

 

                終

 

 

 




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