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桜 ガンマ団士官学校にグンマは入学しなかった。 昔、叔父であるハーレムがここに行かないと言って兄弟の間で揉めたものだと、小さい頃に高松から聞かされた事がある。 しかし反対にグンマには行かなくていいと、むしろ行くなとマジックからは告げられた。 そのかわり傍には高松が居て、色々教えてくれる。だからいい。それでいいと思っていた。 「高松、僕もう帰るね。」 入学はしなかったものの、校内にある高松の研究室には役に立つ資料が沢山あり、グンマはたまにそれを借りに学校に立ち寄ることがあった。これらはまだ高松が学生だった頃からここにある。つまり、元はルーザーの使っていたものでもある。 「え、今日は1冊だけでいいのですか?」 「とりあえず、これで様子を見てみるよ。」 グンマは椅子からぴょこっと立ち上がった。机の上には選ばれなかった本がまだ山のように積まれている。 「高松、片付けておいてね。」 いつも散らかすだけ散らかして、そのまま帰る。整理整頓はグンマの辞書にはない言葉だった。 「グンマ様、本部まで送りますよ。」 「いいよ、ちょっとシンちゃんのとこにも寄ってみたいし。またね。」 本人に直接聞いたわけではない。高松に調べてもらったシンタローの部屋。そこは校内の見取り図と共に頭にインプットされている。まだ行った事はないのだが。 「本当は部外者が簡単に立ち入れる所ではないんですからね。お気を付けて下さいね。」 高松はそう言うが、好きで部外者になった訳ではない。なんだか仲間外れにされたような気分になってムッとした。しかし、 「うん、わかった。」 と、いつもの笑顔を見せて部屋を出た。 本当は自分だって満開の桜の下でシンタローと共にこの学校に入りたかった。だけど聞いてもらえる我儘と、そうでない物がある。これに関してはマジックの絶対命令なのでどう食い下がったって誰にも何も出来ない。諦めることも必要だった。 そして学んだこと。あまり心配をかけるとガードが固くなる。適当に相手に合わせ、安心させておくのが賢いやり方だと思ってそのように動いていた。何も考えていない振りをして。 ポテポテと歩いていると、体育館に通じる道に出た。普通の学校と違い、放課後にクラブ活動がある訳ではない。その為授業時間以外は使う人もなく静かだった。 「案外、こんな人気のない所にシンちゃんが居たりして。」 ちょっと覗いてみようと足を向ける。 当たり前だが中には誰もいない。と、倉庫の扉が少し開いているのが目に付いた。よいしょと開けて中に入る。つい癖で部屋に入ると戸を閉めるのだが、ここでも無意識に重めの扉を閉めていた。 「暗いなあ、電気は無いの?」 独り言を言いながら辺りを見回す。明り取りの窓からの光だけでは様子がよく判らない。 怖くなって出ようとすると、外から数人の話し声が聞こえてきた。後ろめたいことは無いはずなのに、あわてて積み上げてある道具の後ろに身を隠す。 「なあ、あいつ来ると思う?」 「来るんじゃねえか?でなけりゃどうなるか、本人が一番良く知ってるはずだしな。」 誰のことを言っているのか判らないが、息を殺してグンマは会話に耳を傾けた。どやどやと入ってきた学生たちはグンマに気付いていない。 誰かが煙草を吸い始めた。その為余計に出にくくなる。 そうしているうち、再び扉が開かれた。入って来たのは短い黒髪で、同じ年頃か少し年下に見える少年。 そうして。 グンマは己の無力さを嫌というほど感じることとなる。 何かの取引をしたかのように、無抵抗のまま声ひとつ上げず蹂躙される少年を助けることも出来ず、震えながらその光景を見つめていた。自分では今出て行っても、あれだけの人数相手に少年を助けるどころではない。 それなのに。胸に抱えていた本を掴む手が緩んで、あろうことかそれが音を立てて床に落ちてしまった。 場の空気が固まった。 「誰か居るのか?」 姿が見つかり髪の毛を摑まれ引っ張り出される。腰が抜けて立つことが出来なかった。 「いつから居た?何も見てないよな?」 詰め寄られ、視線を少年に向けた。 すると、組み敷かれていた少年の表情が何故かふっと軽くなったように見えた。 自分は大丈夫。 そう言っているかのように。 「見て、ない…。」 まるで自分の声ではないかのような震えた声。 「そうだよな、今ここには誰も居ない。判ったらさっさと行け。」 扉が開かれた。逃げるのは今しかないと、もつれる足で飛び出した。残された少年を助けたい。その為にはシンタローを探さなくては。 ごめんねと何度も呟きながらひたすら寄宿舎を目指して走った。 自室にシンタローは居なかった。部屋の近くにいた者から彼が立ち寄りそうな場所を聞き、急いで そちらに向かう。しかし地図は頭に入っていても実際の建物は感じが違う。すぐにたどり着けると思っていた所は意外に遠かった。 「シンちゃん!」 校舎の別棟の裏、大きな桜の下でようやくその姿を確認して駆け寄ると、グンマを見たシンタローの方がひどく驚いて問いかけてきた。 「おまっ!何でここに…!」 「訳は後で!すぐ来て、助けてあげて!」 いつものおっとりとした雰囲気からは想像できないくらい興奮している。その尋常でない訴えにシンタローも応えてくれた。 「どこで、誰を?」 「こっち、付いて来て!」 グンマに付いて一緒に走り出す。 「何なんだ、一体誰を助けるっていうんだ。」 「名前は知らないよ、でも、あれじゃ可哀想だよ。」 グンマは体育倉庫で見た様子を大まかに話した。自分では助けてあげられなかった。それが悔やまれてならないとも。 「僕も強くなりたいよ。自分の為だけじゃなくて、他の誰かの為に。」 あまり他人に関心を持たないと思っていたグンマの言葉にシンタローは少なからず驚いた。 「来い、体育倉庫なら、こっちの方が近道だ。」 校内を知り尽くしているシンタローが先に立つ。グンマもそれに従った。 「本当にここなんだな?」 扉は閉められ中からは物音ひとつしない。ここではグンマが先に立って扉を開いた。 床には力なく横たわる人影。 「この子!さっきの!」 「この子って…、トットリは俺らと同い年だぜ。」 「ふうん、そんな名前なんだ。さっきは怖くて逃げちゃったからよく見てないんだけど…もっと年下かと思ってた。」 グンマは近づいてその顔を覗き込む。先ほど僅かに見せた黒い瞳をもう一度見たいと思った。 『触れたいな、起きるかな?』 それにしても。やっぱり彼はシンタローより幼く見える。 「どうしよう、高松呼んでこようか?」 「俺が運ぶ。」 トットリを軽々と抱き上げるシンタロー。その傍からグンマはトットリの額に手を当てる。少し熱い。最後まで耐えたのだろうか。怖かっただろうに。 「お前が何でこんなとこにいたのかも後で詳しく聞かせてもらいたいが、とりあえず、さっき見たのはどんな奴らか知りたいな。この学校にはそんな奴はいらねえ、俺が叩き出してやる。」 父親の手を借りなくても、シンタローなら彼らを追い出すこと位簡単に出来るだろう。むしろその方が表ざたにならなくていいかもしれない。 「どうしてトットリくんがこんな目に遭っちゃったんだろう?」 「…ちょっと、心当たりはある。ミヤギだろーな、原因は。多分。」 「誰?ミヤギって?」 「こいつの親友だ。」 身内でもない他人の為にどうして傷付けられて平気なのか。解らないけどそれを考えている暇は今は無い。 「…後始末はシンちゃんに任せるとして、探すのは僕も一緒に行くよ。あいつら全員の顔は覚えてる。」 「おう、行くぜ。」 向き合ったグンマの目が一瞬青く輝いたのをシンタローは気が付かなかった。 それ以来、グンマは士官学校に行っていない。彼…トットリとまた顔を合わせてしまったらどうしようという心配もあったが、それよりも今は自分の事で手一杯だった。 これまではなんとなく過ごしてきた時間が勿体なく感じる。勉強もして、出来る範囲で身体も鍛え始めた。 「学校に行かなくても出来ることは沢山あるよ。判らないことはどんどん聞くから教えてよね。」 高松に向かってそう言うと、少し前まで不満たらたらだった態度とまるで違う様子に驚かれたが、それに関しての追求はされなかった。 「何か、いい経験をされたのですか?」 言われたのはそれだけ。 「逆だよ。それより今思うのは強くなりたいって事。全てのことにおいて。」 「グンマ様はシンタロー様とは別の処で人の上に立つお方ですよ。この私に出来ることであれば何なりとお申し付け下さい。」 何でも?と少し考えたグンマの口から出た言葉は。 「ここに、ガンマ団本部の敷地内にも桜を植えて。特に僕の部屋か、せめて良く使う部屋から見える所に。」 「桜…ですか?」 「うん、士官学校にあったような立派なやつ。ちょっとだけ学校気分で。」 「…そうですね、マジック様にお伺いしてみましょう。今年はもう花が散っていますが、来年に間に合うように、何とか。」 部屋を出て行く高松の背中に手を振りながら、脳裏に浮かぶのはシンタローの驚いた姿とその背後にあった立派な桜の樹。 シンタローが花を愛でるなど想像もつかなかったが、今思うと彼のお気に入りの場所だと云われたあの枝ぶりには確かに心惹かれる何かがあった。彼の目を惹く桜のようになりたい。 「シンちゃんの好きそうな花だよね、あの潔い散り方。でもね、僕はもっとしぶとく咲いてる方が好きなんだよ、ホントは。」 高松には聞こえないように呟いた。 終 ※ 何と言うか、弱いグンマもありかな、と。 これは裏に置いてある「意思と~」の後の頃。でも基本はキングンってことですよ。まだシンタローの中にキンが居ただけで。これでも私的にはキングン。 じつはこの話、もひとつ別バージョンがあります。そちらはトットリ目線で裏仕様。近いうちにまた。 そしてこれらは去年の春に出し損ねた話なので、これが最後のチャンスかな? |