助け出されたのは『出荷』される直前。 望んでいた暗闇からの脱出。 「もう大丈夫だよ。」 拘束が解かれる。 「名前は?」 優しい声。 見上げると、この世界に関わる人間とは思えない暖かな眼差し。 「怖かったね。でも、もう自由だ。」 自由。 死なずに、済んだ。 「まずは病院に運ぶ、それから…。」 聞こえる声がだんだん小さくなり、意識がすうと落ちた。 イタリアに限らず、ヨーロッパでは子供の行方不明者が多い。 誘拐なども日常茶飯事。 しかし日本と大きく違うのは、目的は身代金ではないこと。 狙われるのは、その子供自身。 つまり、姿を消すと、殆んどの場合もう二度と帰ってはこない。 そんな子供達は臓器売買、実験用、幼児嗜好者のおもちゃと様々な用途のために使われる。 だけど、そんな目に遭うのは他人だと思っていた。 自分は絶対大丈夫だと思っていた。 だけどこれでも運は良かった方。 臓器目的であれば、さらわれてすぐに殺される。しかし自分はどうやらそれではなくて。 その代わり、殺されたほうがましと思う程の扱いを受けることになる。 一応最初から売り物としての決定が成されていたようで、身体に傷は付けられない代わりに、準備と称して延々と様々な方法を試された。 長時間に及ぶ刺激で脳味噌が沸騰するかのような激しい痛みが続く。 麻薬も用意されていたが、それを使うと買い手に渡る前に人格が壊れてしまうと自分の目の前で会話された。そしてこんな言葉も。 「スナッフムービーに出すなら一度で終わってしまう。それでは勿体ない子だ。」 その時は意味が判らなかった。 しかし後日『スナッフムービー』が何たるかを知ってしまった時、改めて自分の身に起こりかけた恐怖に震えが止まらなかった。 絶対に強くなる。 自分の身を守れるように。 他人は信用できないから。 あのひと以外は。 目を覚ましたとき、自分では気が付かずに涙を流していた。 「獄寺くん?」 心配そうに覗き込むその顔に一瞬、あの時のあの人が重なる。 「なんか、悪い夢見てた?」 「夢…っつーか、…あ、10代目の宿題見てたのに!」 慌てて飛び起きる獄寺に、 「もう終わったよ。」 と余裕の笑み。 「へ?」 「終わったから飲み物のおかわり出すねって立って、振り返ったら寝てた。」 「ど…どんくらい寝てたんっスか?」 「20分位かな?」 あははと笑った後、ツナは声のトーンを落として言った。 「ホントは今、起こそうかと思ったんだ。」 あまり見ることのない獄寺の寝顔。もう少し見ていたいなと思った。 でも。 悪夢というには様子がおかしい。 そして涙。 「ちょっとびっくりしたよ。」 そこまで言っても、ツナから内容についての質問はない。 「10代目、スナッフムービーって知っていますか?」 「知らない。」 「あの…。」 ストップとそこで止められた。 「言いたくない事ならいい。焦らなくていい。ただ、言って気持ちが楽になるのであれば、オレでよければ聞く、から。」 これがこの人の優しさ。気張っていた肩の力が抜けた。 「…幼児や子どもを拷問して殺す場面を撮ったビデオ映画です。退屈してる大金持ちがそれを観て悦ぶんだとか。俺、もしかするとそこに出演させられてたかもしれなくて…。裏で高額の取引をされているそれは、肝心な場面だけは作り物で誤魔化されているものもある。でも中にはビデオと同じ殺され方をした遺体が発見される時もあって、真相は闇の中なんです。そしてこれは決まり事のように、必ず拷問の前には薬を使い、男女を問わず蹂躙される。」 知らなくてもいい世界がある。でもこの人はいつか知る。その世界に生きていく人なのだから。 「俺は一度そんなことをしてる奴らに捕まって、政府側の人間に助けられた。」 イタリア政府の中ではマフィア、テロリストに対しての機関が秘密裏に動いている。決して表舞台に姿を現さない彼らは元軍人や元警察官、他にも海外のそういった危険で特殊な場所に居た経験豊富な人材が集まっていると聞く。 ボンゴレは大きなファミリーだ。それだけの規模になるためにしてきた事の中で、奴らと揉め事が無かったとは思えない。 向こう側にも暗殺部隊はいる。だからボンゴレもマフィアと政府に対してヴァリアーを強化していった。 こんな話をして怯えてしまっただろうか?言い過ぎたかとそっとツナの様子を伺う。 「それで…。」 俯き加減で聞いていたツナは意外なことを聞いてきた。 「獄寺くんを助けてくれた人は、今も政府側にいるの?」 それは自分もずっと気になっていた。だから日本に来る前、リボーンにそのことを話して探したいと言った。 どんな手を使ったのか調査結果はすぐに届いた。 「そいつはもういないぞ、この世には。」 優しさは裏世界では命取りになる。そう教えられた苦い思い出。 「10代目の優しさが、いつか…ああなるんじゃないかと、俺…、怖くて。」 ふわり。 いきなりあたたかさに包まれた。 「だから、そうならない為にも『右腕』である獄寺くんが護ってくれるんだよね?」 「そう、です。」 「じゃ、オレがイタリアに留学する時にも一緒に行こうね。」 「…はい!」 大学に入ったら向こうに留学して『仕事』を覚えていく手筈。そしてそのまま日本に帰らず後を継ぐ予定だと、つい最近聞かされた。 「俺、10代目が好きです。大事です。」 こんなに優しい人を失いたくない。 でも、辿り着く先は裏世界の頂点。そこで生き抜くために自分は他人を殺し、この人もいつかその手を血で染める。 だけどまだ。 まだ先の話。 自分を抱きしめてくれるこの手が銃の扱いに慣れてしまうまで。 「護ります。」 「頼んだよ。人に頼るって事は、その人を信用してるって事だから。」 こんなに心がきれいなひとを行かせたくないそこに、 自分たちは。 向かって。 生きている。 <終> ※ 少々やばいかな?と思う台詞のとこ、反転してお読み下さい。あれは本当らしいです。(081019) |