トマトと桜 「トマトと桜の共通点は、両方美味しいことだね」 えっ、とびっくりしたような獄寺くん。 「桜って、食えるんですか?」 オレのまん前に新たな書類の山をどさりと置きながら、例えばどんな?と聞いてくる。 「葉っぱは桜餅包むし、花も色んなお菓子とか料理に使われるよ」 そうは言ってもほんのり淡い色使いのこの花は、派手に真っ赤な実のなるトマトとは違って、本当は味も香りも使える期間も量も比べ物にならない程に少ない。 でも、だからこそ季節を感じられる。 桜は寒い冬の終わりを告げ、春の到来を教えてくれる。 「トマトの国から来て、桜の国でオレ達は出会えた。それも共通点かもね」 仕事を少しだけ抜け出して、そろそろ蕾が膨らみ始めた桜の下を、君と散歩する。 「俺は10代目の監視役で一緒にいるんですからね。息抜きが終わったら早々に戻りますよ」 妙に真面目で堅物な君はまだ眼鏡を外していない。 こんな時は仕事モードなんだよね。 「だけどね、桜って満開の時より散る時の方がなんかきれいだと思うなあ」 枝を見上げて蕾にそっと触れる。昔に比べて手が届き易くなったような気がする。 それだけ背が伸びたんだろうな。 「花がきれいと思えるなんて、10代目はロマンチックですね」 「っていうか…日本人がこの花を好きな理由知ってる?」 ついこの間、リボーンとした会話を思い出す。 「いいえ。何ですか?」 「潔いからだって。確かに咲き誇るいちばんきれいな時期の花びらが、惜し気もなく風に舞い散るさまは圧巻だしね」 イタリアに渡ってやる気を出したところで、何故かオレは毎年この時期ボンゴレ日本支部に滞在している。このスケジュールを決めていたのは、実はオレの元家庭教師だと後で知ったのだが。 …故郷をきれいさっぱり忘れてこの世界に入り込めと言ったくせに、何この仕打ち。 おかげで毎年春になると思い出さずにはいられない。 オレの生まれたこの国で、みんなと出会ったあの頃を。 「俺は…」 思い出に浸っていると獄寺くんが静かに口を開く。 「ダイナマイトの仕込みで国に戻った時、いつも本場のトマト料理を食べていました。…雰囲気ぶち壊しですみませんが、俺は、俺の思い出はやっぱトマトです」 「…トマト星人…」 「星じゃなくって国です」 「ありがと、意識がこっちの世界に戻ってきたよ。その傍若無人な物言いでね」 声のトーンが落ちたのに君は気が付いて急に焦り始めたね。 「で、でもほら、味覚って強いイメージ持ちやすいですから!赤いですし!」 薄い桃色がほのかに香る雰囲気に包まれていた気分は一気に急降下した。 「戻るよ。次は咲いてる時に来よう」 大股で歩き、右腕と称される人物を置き去りにする勢いで進む。 「10代目、ちょ…待ってください!」 「さっきの書類急ぐんだろ?何のんびり歩いてんの」 「そうですけど、ここ来る前に俺に言いたいことあるって、言ってませんでした?」 「…あ、そっか…。…うん、でも、もういいや。また思い出したことあったし」 『桜の下での約束は果たされない事が多い。ツナ、桜の魔力に流されるなよ、大事な事をあの木の下で口にするな』 元家庭教師は、さりげなく短い言葉で教えてくれる。 オレがこれからするであろう過ちを戒めるように。未来が見えるように。 だから、今は言わない。 「ずっと一緒にいようね」 なんてこと。 それはきっとこれからも当たり前に続いていくから。 ここでその約束をしなければ。 「お腹空いたね。今日のお昼はトマトソースのパスタがいいな」 「あ、はいっ!」 君が少し嬉しそうにオレの横に並んできたので、周りに誰もいないのを確かめて、軽くキスをした。 <終> ※ 一応ここはボンゴレの敷地内。多分監視カメラは見ているぞ、綱吉…(20090321) |