やさしい嘘
微かに漂う、じゅうだいめは吸わないはずの煙草の移り香。
これは
じゅうだいめの右腕と云われるひとから…?
いつも近くにいるから?
でもどうして、
キスをしたときに香るんだろう?
「今日は全部脱がなくていいよ。上はボタンだけ外して羽織ったままで」
たまには違う雰囲気でするのも面白いよ。
じゅうだいめに言われて下だけを露にしてベッドに座ると、直接手で自身に触れられた。
キスをしながら、そのままゆっくりと倒れこむ。
目を閉じ、湿ったじゅうだいめの舌を飲み込むように吸い、絡ませる。
流れるように自然に、求められることを素直に受け入れて。
静かな室内に唾液の混ざり合う水音と、じぶんから溢れ始めた体液を塗り込むように扱かれ、
擬似挿入をしているように擦られる音で震えるほどに感じ始め。
そんなじぶんの様子を嘲笑うかのように、じゅうだいめは急にそこから手を離す。
「…っ?」
つ、ぷ。
「…う…!」
十分な潤いをまとわせた指が後ろの孔に突き立てられ、蠢きながら侵入してくる。
1本だけではなく、続いて2本目、3本目も。
「う…あ…」
声を上げたくてもそこを塞ぐように口を重ねて舌が口腔内で動く。
口の中、双方を犯されて感じて。
指は入り口近くで曲げられ中から指の腹で引っ掛けながらさすっている。
それを数回繰り返すと、今度は奥の目的地へ進む。
まだ口付けはされたまま。
体内では目当てのしこりに辿り着いた指が、いきなりそこを刺激する。
腰が跳ねた。
涙が出ても、頭を振っても、じゅうだいめは攻めることをやめてくれない。
むしろ身体の中をほぐすように指がくねる。弱いところを集中的に。
じゅうだいめ…、もう、限界…!
「あんまり早くいっちゃうとつまらないから、少しは我慢してみて」
突然耳元にクリアな声。
「下の口に飲み込んでる指は、オレのより細いよ?こんなのでいいの?」
「いえ…我慢…します…」
「そう、よかった。このままもう少し楽しんだらオレのも飲んでほしいな」
「はい…じゅうだいめの…うれしい…」
歯を喰いしばって耐える。
するとじゅうだいめの指が幾度も快楽を生むボタンを押し、
声を上げさせて門を開こうとする。
空いた片手は、剥いて覗いた先端に軽く爪を立て、
小さな口のまわりの弱いところを執拗に攻め立てる。
「泣いてるよ、ここも。いきたがって…ね」
溢れる透明な液体に白いものが混じっていないか凝視している。
恥ずかしい。見ないでほしい。
いや、もっと、
じぶんを見て…。
吐き出せない熱は体内に溜まり、血液まで沸騰しそう。
でも、じゅうだいめがいいよと言うまで、この中から出てはダメ。
あと少し待てば…そうすればじゅうだいめが…。
どのくらい待てばいい…?
そういえば涙を我慢しなさいとは言われなかった。
だから、泣きながらでもこの刻の終わりを待てばいい。
待てる、じゅうだいめのために。
「よくできたごほうび。大好きだよ、ハヤト」
強くなったねとじゅうだいめが褒めてくれた。
絶対出ちゃうと思ってたのにと驚かれ、
でもそれだけオレの言うことを聞けるようになったんだねと喜ばれ。
…頭がクラクラする。
だけど、これからが。
これからが本番。
「気持ちよくしてあげるね」
この時を待っていた。
じゅうだいめの唇と舌が、触れられるだけでぞくぞくする箇所をいくつも巡る。
軽く吸い、舌を這わせ、胸の突起には特に念入りに何度も。
そうして
「たくさん出していいよ、飲んであげるから」
と、さっきまでその手に包まれていたところを口に含む。
あたたかく湿った敏感な粘膜同士を擦り合わせて感じあう。
腰を揺すって何度も口の中で弾ける精液を、じゅうだいめはほんとうに飲んでくれた。
何度も、何度も飲んでくれた。
そのあとはいつものように、じゅうだいめの熱が身体の中心を貫く。
それがじぶんのなかで大きさを増す。
じゅうだいめも気持ちいいんだ、
嬉しい。
だけど…。
涙が止まらない。
最初はいつものことのように気に留めていなかったじゅうだいめ。
その声が次第に高まり、遂にはそれを止められなくなって堰を切ったように泣き出すと、
「何がそんなに悲しいの?」
と柔らかい声で囁く。
「泣かないで、言って」
導かれるような言葉遣い。
だから、想いを口にできる。
「じゅうだいめは、俺だけのものです…!」
だいすき。
じぶんだけを見てほしい。
じぶんにだけ優しくしてほしい。
あの、部下のひとに取られたくない。
じぶんから力を込めて強く抱きつく。
「すっとここで、俺と居てください…!」
あのひとのところにいかないで…!
ぎゅっと掴んだ手を引き剥がすでもなく、
そのままじゅうだいめは無言でじぶんの背中に手を回してくれる。
既に幾度も達して、じぶんから出たものとじぶんの中に放たれたものが、
下半身を濡らしてじゅうだいめの洋服を汚して、
それでも離れたくなくてどうすればこの時間を少しでも長引かせられるかと考える。
「ハヤト」
身体を起こそうとする気配。
「だめ、まだ行かないでください!」
しがみついて腰を振って中でまたおおきくなってほしくて、
「もっと下さい、飲ませて下さい!」
必死でじゅうだいめを体内で締め付ける。
なのに
「今日は終わり。また明日来るよ」
と躊躇なくじぶんから出て行ってしまう。
身支度を整え、椅子の背に掛けていたスーツの上着を着ると、
汚れた部分は完全に覆い隠されて見た目にはわからなくなってしまった。
「じゅうだいめ!」
叫んでも背を向けられ、振り返りもせず
「おやすみ」
の一言。
「い…行かないで…!まだ行かないで下さい!」
号泣しても遠ざかるじゅうだいめがドアに手を掛ける。
だから思わず口走る。
「あのひとのところには行かないで!」
手が止まった。
「あの人って?」
「み、右腕って言われてる、あのひと…」
「どうしてそう思うの?」
「匂いが…タバコの…あのひとの…」
言葉を整理できなくて、言いたいことがうまく伝わらない。
「煙草?」
ゆっくりこちらに向き直したじゅうだいめの手には。
「これのこと?」
「じゅうだいめ…それ、吸って…?」
新品ではない、空に近い煙草の箱。
「オレも吸うよ、たまにはね。なんだ、このせいで今日は様子がおかしかったんだね」
いつものような優しい口調。
「だって、じゅうだいめ…」
原因を知ってほっとするはずなのに、何故か違和感は残る。
「ハヤトもこれに興味がある?」
「…え…」
「吸ってみる?」
じゅうだいめは慣れた手つきで一本取り出し、口に咥えて火を点ける。
ライターをポケットにしまうと軽く一度吸い込んで、
ふーっと上向き加減に紫煙を吐き出した。
「美味しい」
その様子をただ見つめるじぶん。
このひとには珍しい横目で誘うような視線。
「味見、どう?」
近付いて来て、また吸って、そのまま唇を重ねられた。
流れ込んでくる味の付いた煙。
思わず咳き込むと、鼻を通って外に出るとき煙の粒子が粘膜にこびり付く感じ。
一方で喉から降りていった分は、吐き出す息に煙の匂いが混じって。
「げほっ…!」
染み付く。
染み込む。
「まずい…」
「はは、まだ早かった?大人には美味しいんだけどね」
こんなものが美味しい?大人はわからない。
でもじぶんは、いらない。
「灰皿…は、ないよね、ここ。灰が落ちちゃうんで、また来るよ」
じゅうだいめは少し慌てて出て行ってしまった。
煙の匂いは、当分消えなかった。
廊下を火の点いたままの煙草を持って歩いていると、いきなり背後から驚いたような声。
「ボス!どうしてそんなものを!」
「…君こそ何でこれをオレのポケットに突っ込んでおいたの?
ま、おかげでいい説明が出来たけど」
「説明?」
「うん、オレ今凄いジェラシーを受けてきたんだ。とっても楽しかったよ」
「は?」
不思議そうな顔をする右腕の左手に当の本人の持ち物である煙草とライターを返し、
「灰、ここの絨毯に落とさないでね」
と今にも落ちそうなそれを見せる。
「え、あ、はい!」
慌てて君は携帯用灰皿を取り出しトントンと灰をその中に。ついでに火も消して吸殻も入れた。
マフィアの幹部がそんな物は普段使わないけれど。
「まだ持ってたんだね」
「当然です。これは子供の頃、初めて貴方から頂いた大切な物です」
「嬉しいね」
「俺も、これを受け取ったときの嬉しかった気持ちはまだ覚えています」
大事そうに見つめ、懐にしまう。
「君は早くからこれを吸っていたけれど、あの子はこの味を不味いって」
「吸わせたんですか?」
「一口ね。もうしないよ」
当たり前です!と怒る君にごめんねと軽くキス。
そうして。
「明日は、いつものようにあの子に先に行こう」
「…何か言ったんですね、貴方に…」
「まあね、頭のいい子だから、ハヤトは」
こんな状況も楽しいけれど。
でもあんまりオレ以外の人の存在を気にしてほしくないな。
それも本音。
『じゅうだいめは俺だけのものです!』
あの言葉。
どちらが所有者かと思って、笑ってしまう。
「…ボス、思い出し笑いはやめて下さい」
「ああ、ごめん。あんまり気分がいいからつい気が緩んだよ」
ハヤトこそ、オレだけのものだよ。
誰にも渡さない、大事な…。
<終>
※ 子どもにとって、好きな物は全部自分のもの!ってのはよくある光景。独占欲の強さは子どもの証明…?(20090811)