明日の記憶 「ねえ、遊ぼうよ」 じゅうだいめが笑って言った。 「かくれんぼをしよう。君が時間内にオレに見つからなければ自由にしてあげる。 時間になっても隠れていられたらハヤトは外に出してあげるよ。」 あのひとは楽しそうだ。 大人なのに無邪気で純粋で、そして残酷。 「場所はこの屋敷の敷地内。広いよ、隠れるところはいっぱいある。 あ、勿論監視カメラは仕掛けてあるけど見ないで探しに行くからね」 ただし。 入ると危険な部屋もあるから気を付けて。 鳥肌が立ちそうな一言も忘れない。 「〇時がタイムリミット。さあ、行って!」 こちらの事などお構いなしに一方的に告げられた、遊び。 だけどこうなれば行かざるをえない。 時間は刻々と過ぎてゆく。 重いドアを開き外の空間に足を踏み出した。 昼間の空は、流れ星を見たあの夜とは全然違う。 ここに、2人で寝転んで探した。星が墜ちる瞬間を。 でも願いはまだ叶えられていない。 外に出たくて、逃げ出そうとした時期もあった。 門の切れ目を求めて彷徨った。 向こうとこちらを隔てる高い壁を越えたいと。 だけどようやくそれを探し当てた時には、じぶんもあのひとに見つかった。 ただ、不思議なことにとても怖くて苦しかったはずの記憶は、 じゅうだいめの冷たい笑顔を見た後からぷっつりと途切れている。 それはまるでじぶんを守るように。 それ以上は思い出さないほうがいいと言わんばかりに。 忘れていられるから、今のじぶんが在るのかもしれない。 狂わずに。 いつも、沢山のひとがいると思っていた。 なのに今は誰の姿も見掛けない。 広い邸内、広い庭。この全てがあのひとのもの。 あのひとは、守っている側なんだろうか? それとも守られているひとなんだろうか? 側近の部下は、よく見る2人の他にあと3人いると、いちどだけ聞いた。 あの時は何故か上機嫌で、いつもは話さないあのひとの周りのことも少し教えてくれた。 時々、信じられないくらい優しい時がある。 別人のように。 あるいはじぶんの中に、誰か他のひとを重ねて見ていたのだろうか? ここにいる、じぶんでないひとを。 あのひとに、あんな笑顔で接してもらっていたのはどんなひとだったのだろう? …いいや、今はそんなことを考えている暇はない。 少しでも遠く、見つかりにくい場所に身を隠さなければ。 あのひとの目が届かないところに。 ひっそりと、地下へ降りる石造りの階段を見つけた。 …怖い。だけど、足が勝手にそこへと進む。 覚えがある、この空間。この空気。 じぶんがいたはずの、そこ。 薄暗くて息苦しい。 だめだと、ここにはいられないと出ようとした。 「…!」 じゅうだいめが、いる…? 今、上に上がったら見つかる。 それなら奥へ逃げるしかない。 もうそんな時間? 渡されていた懐中時計を見ようとしたけど、どんどん暗くなるここでは針が良く見えない。 泣きそうになって、でもできるだけ入り口から遠くへ早足で駆けていく。 ほどなく行き止まりにぶつかり、左手にある戸を押し開けた。 「…っ…!?」 暗さに目が慣れないすぐにはそれが何か判らなかった。 でも。床に転がるシルエットは。にんげんの。 頭蓋骨。 悲鳴を上げて飛び出して、ぶつかったひとにしがみつく。 そして。 「ハヤト、見〜つけた」 あのひとの嬉しそうな声。 「じゅ、じゅうだいめ…骨…ここ…」 恐ろしさで涙が我慢できなくなった。 「怖い…!」 「…ああ、大丈夫、作り物だから。君を怖がらせようと思って用意したんだ」 優しく頭を撫でられる。 そんなに驚いてくれたらオレも嬉しいなと。 「…あ、時間!」 覗き込むそこには、約束の時をほんの僅か過ぎた長針。 あのひとの手元が照らす時刻は希望の灯火。 「じゅうだいめ、これ、過ぎてる…」 手渡すとそれを見つめるあのひとは、口の端でにっと嗤った。 「いつオレがその時計で〇時と言った?オレのではあと5分残ってる。君の負けだ」 「だまし…た…?」 「いや、間違えたんだね。正確な時間はこっちだよ」 じゅうだいめの持つ時計と今まで持っていた物を比べる。 それは確かに時間前…。 身体から力が抜けた。 「ここ覚えてる?ハヤトがいたのはもっと手前の部屋だったんだけど。久しぶりにここでしてみる?」 崩れないようにと少し力を込めて抱かれていた身体をそっと下に下ろされた。 ※ これまでのとビミョーに繋がっていたり繋がっていなかったり…(20090326) |