「じゅうだいめ、ここの地下室を見せてください…」

 

 

バンボラ (1)

 

 

 

「あの日から、夢を見るんです」

 

じゅうだいめは首を傾げて

「どんな?」

と問う。

「怖い…すごく怖い夢です」

それはまるで現実に起こったようなリアルな感覚を感じさせ、

閉じていたはずの過去への扉が軋みながら開いていくような…。

 

 

 

寝ると夢にうなされてしまう。

そこは暗く狭い部屋。

隠れることも逃げることもできず、

つよい力に抑え込まれて、怖くて痛くて、苦しくて。

悲鳴を上げて声が枯れるほど泣いても、

誰も助けてくれない。

 

あのひと以外は誰も来ないから。

 

 

 

「いいよ、今から行こうか?」

時刻は真夜中。

「あまり人の目がないほうが都合いいしね」

じゅうだいめはじぶんの手を引いて立ち上がり、部屋を出る。

一連の動作には迷いがない。

まるでこの日が来るのを待っていたかのように…。

気のせいかもしれないけれど。

 

 

 

「ここ…ですか?」

「そう、開けるよ」

閉塞感と、湿った空気。

肌に不快な雰囲気を与える環境。

足は震えてもつれ、転びそうになるのを何度もじゅうだいめに支えられて、

ようやく辿り着いたこのドアの前。

 

 

カチ、リ。

ギギ…。

不協和音で開く、闇への入り口。

この向こう。

 

 

『ここで』

耳に聞こえるのはきっと幻聴。

『君を調教した』

コワイ…。

『食べ物どころか、水さえ与えられずに衰弱していく君は』

耳を塞いで目を瞑り、床に座り込む。

『それでも一週間は堕ちなかった』

 

 

 

タスケテ…!

 

 

あのひとがここに入ってきて内側から鍵を閉める。

その鍵は自分の手の届かない高い所に吊るされる。

それがあればここから出られるのに。

…見えるところにあるのに。

 

『あれが欲しい?』

 

わらうあのひとの手にはじぶんの手足を繋ぎ留める鎖や枷が鈍く光る。

怖くて背を向け開かない重い扉を力の限り叩く。

外には決して届かない訴え。

 

誰かここから出して!

 

ゆっくりと背後に迫る足音。

伸ばされた手が髪の毛を掴み、そのまま固い寝台に引っ張ってゆく。

どれだけ泣いても暴れても、

決して許してくれない。

それどころか

『もっと鳴いてもいいよ』

と弾んだ声。

 

鎖で自由を奪われると太くて硬い器具がじぶんを貫く。

それが出入りするとつられて内臓ごと引っ張られるようで。

これは普通の傷の痛みとはレベルが違う。

幾度か引き出され、押し込んで、奥まで入ったと思った途端、嫌な細かい振動が始まる。

ここが良い?それともこっち?

何かを探すように少しずつ突く場所を変えて聞いてくると、

痛みとは違う痺れのようなものが時折そこから湧き上がる。

 

痛い…そこ…は…だめ…。

掠れた悲鳴を上げ、全身が強張る。

 

そこはいやだ…

そこばっかり、いやだ…!

 

身体中の神経がそこに集中する。

背を反らしてその感覚から逃れようと腰を振る。

なのに、良い声で鳴くね、もっと聞かせてと更に強く押し付けられるそれ。

そうして、

じぶんでも判るくらい中が収縮して身体に力が入り、次の瞬間何ともいいようのない解放感。

閉じた瞼の裏にチカチカと星が瞬き、消える。

 

「いっぱい出たよ、君から」

じぶんの出したものだという独特の匂いを放つ粘液を指に取って、

舐めてごらんと舌に乗せられた。

苦い味…。

「今度はこっちからも同じのを飲ませてあげるね、オレのを」

味を感じない下の口から。

そこは、嫌だと喋らないから。

 

 

これは夢。

こわい夢。

 

 

こんなことをじぶんにしてくるひとのところから、じゅうだいめは俺を救い出してくれた。

大丈夫、もう怖くないよと。

助けてあげる、

これからずっと守ってあげると。

 

 

 

 

「ハヤト、具合悪そうだよ。戻ろう」

肩を抱き、心配してくれるじゅうだいめ。

涙が出そう。

だけど。

だからこそ。

 

「…じゅうだいめ…おねがいします…」

「なに?」

 

 

「…今、ここで…、してください…」

 

 

あの時のあのひとがじゅうだいめではなかったと確認したい。

 

あれがここではなかったと、

地下室なんてどこも同じような造りだと、

そう信じて。

 

「じゅうだいめ…」

 

屈み込んでくれていたその胸に顔を擦り付けて涙を拭くと、

じゅうだいめは、いいよと優しく頭を撫でてくれた。

 

 

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     『明日の〜』と『無口な〜』から繋がっています(20090709