グンマの首の感触が、手に残る。 あれからどのくらいの時間が過ぎたのか。 名目上はグンマの看護で休暇扱いにされていると聞いたが、実際は自室に謹慎処分だ。誰からも連絡が来ないし、こちらからも出来ない。シンタローさえも直接訪れる。 「どうしてあんなことになっちまったんだ?」 「グンマはどうしている?」 質問の答えになっていない。 「…あれからすぐに気が付いた。意識障害もなかった。だがキンタロー、お前グンマになんて事をしたんだ。」 「抵抗できないようにしておいて、抱いた。」 「そんな生易しいもんじゃねえだろ!あいつの身体中に傷があった。必死で抵抗したはずだ!」 「…嫌がられたから。グンマは俺のものなのに、俺を拒んだ…。」 ガタン!椅子を蹴ってシンタローが立ち上がった。 「いいかげんにしろ!もう少し俺が見つけるのが遅かったら、本当にグンマは死んでいた!」 「そうだな、今のグンマは違うグンマじゃない。俺をまだ知らなかった頃のグンマだ。俺に出会う前のグンマだ。」 俺を知らなくて当然だ。それなのに、何に対して腹を立てていたのか。もう少し冷静になれば判った事なのに。 「シンタロー。」 「何だ?」 「アイツは、俺の事をまだ憶えているのか?」 「…あれからお前の名前を出していないからな…どうだろう?」 「会いたい、グンマに。」 「駄目だ。」 「会って、話がしたい。」 シンタローが黙って首を振る。どうして?今は高松がつきっきりで治療をしているはず。 「このまま、会わずに過ごす事なんて出来ない。せめてグンマの姿を見たい。」 「もう、忘れろ。」 それだけ言うとシンタローは踵を返し、ドアに向かう。 「お前には見せたくない。毎日行く俺でさえ、あんな様子は…。」 最後まで言わずに部屋から出て行く。一体、グンマはどうなっているのか。 ここには鍵は掛けられていない。意を決して部屋を出た。 怖かっただろう、初めて会った男にあんな目に遭わせられては。自分の一方的な思い込みで深く傷つけてしまったかもしれない。 「グンマ。」 声に出すだけで胸が痛んだ。 今までは当たり前に訪れていたこの部屋。入るのが恐ろしい。 だが、自分の事を憶えていてくれさえすれば、どんな非難の言葉を浴びせられても構わないとさえ思う。 「誰?」 気配を察したのか中から声が掛かる。ゆっくり姿を見せると、ベッドに腰掛けていたグンマが驚いて立ち上がった。しかし口から出た名前は…。 「お、お父さん?」 やはり憶えてはいなかった。しかも記憶は遡り続けているらしい。 「俺はルーザーではない。イトコのキンタローだ。」 「イトコ?」 今のグンマはいくつなのだろう? 「オマエは何歳だ?」 「え、14歳。」 「シンタローが士官学校に入った歳か。」 「キンタロー…さんも、シンちゃんの事、知ってるの?」 「知っているも何も!」 大声を出しそうになって慌てて止める。そしてため息。 「また、来る。」 何か言いたげなグンマに背を向けた。 ドアの外にはシンタローが待っていた。 「部屋にいなかったから、ここだと思った。」 「グンマは…俺がした酷い事を何一つ憶えていないのか。」 「だから来るなと言ったんだ。」 苦々しげに言い放つ。 「ここで話すのも何だ。俺の部屋に来い。」 早足で歩き始めるシンタローの後に続いた。歩調を早め横に並ぶ。 「あいつは…。」 部屋まで待ち切れない様に喋り始めるシンタローを横目で見つつ、黙ってそれを聞く。 「グンマはああ見えて随分我慢強い奴で、ただ我侭を言っていただけじゃないんだ。好きな研究もロボット造りも、どれだけ佳境に入っていても、あと少しで完成できるという段になっていても、そこで中止と言われれば黙って全てを破棄してきた。」 「そんな…。」 「本当だ。研究データやプログラムも、今までの人生の割に残っている物が少なすぎると思わねえか?」 確かに、普通なら途中で止まっている物や、造りかけ、失敗のデータがもっとあってもおかしくない。 「前のガンマ団の頃は、武器の開発もしていたはずだ。証拠を残さないように、隠すのではなくこれも何一つ残らず消してきた。」 「なっ…!」 「自由に好きな研究をさせてやりたかった…。それより今の立場も、自ら望んでいた訳ではないかもしれない。戦いの場に出ないのであれば、そこしかグンマの居場所はなかったからな。」 足を止める。 シンタローが振り向いた。 「グンマの人生は、何だったんだ…。」 自分が泣いてどうする。しかし涙が止まらない。 「これは黙っていろと言われていたんだが…。『キンちゃんの今までの埋もれていた人生の時間を、これからの人生で全てを取り返せる位、ぼくが幸せにしてあげたい』と…。お前の事が大好きだと、俺にも嬉しそうな顔で…グンマは…。」 シンタローの声も震えていた。 何不自由なく生きてきたように、軽くおどけていたグンマ。その心の中を、自分は何も判ってやれなかった。 「俺は、あいつのために何ができるんだ?」 「そんな考えは持つな。グンマの傍に居たいならそれもいい。あいつを、傷付けないなら…。」 「この前の事は悪かった。…もう落ち着いた。」 「少し俺の部屋で飲もう。今日の仕事は終わりだ!」 シンタローも忙しいだろうに。自分に付き合ってくれている事を言葉にせず、こんな行動で表してくれる。 「…そうだな、すまん。」 「そんなに素直だとお前らしくないぞ。まあ、来い。」 これからの事を少し考えたかった。 そして、翌日。 「グンマ、入るぞ。」 再び部屋を訪れる。初めて出会ったような顔をされても今度は落ち着いて対応し、イトコだと告げて話を続けながら、持参したココアを淹れた。 「美味しい、ありがとう。」 にっこりと笑いながらカップを口に運ぶ手元を見る。長袖の袖口からは手首に巻かれた包帯が見えた。まだ完全には治っていないのか。それ程酷い傷だったのか。 キンタローの視線に気が付いたグンマが、カップをテーブルに置いた。 「これ、暴漢に襲われたんだって。毎日高松が薬を塗ってくれるから殆んど治ってるんだよ。」 暴漢か。あの時の自分は確かにそうだったかもな、と思い出す。 「もう外してもいいと…思って…。あれ?…目が回る…。」 ゆっくり椅子からずり落ちて床に転がった。スヤスヤと寝息を立てている。睡眠薬なら害はないだろうと予めココアに混ぜておいたのだ。 優しく抱き上げベッドに運ぶ。 これからは同意の上での行為は無いであろう。 それでも、グンマを求める。 こんな形でしか抱けなくてもいい。 グンマといられるなら。 嫌がられて泣かれるよりは、その目を閉じていてほしい。 行為が終わるまで、グンマは眠っていた。 |
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