行く道 3 

 

 

 

 

グンマの首の感触が、手に残る。

 

 

 

あれからどのくらいの時間が過ぎたのか。

名目上はグンマの看護で休暇扱いにされていると聞いたが、実際は自室に謹慎処分だ。誰からも連絡が来ないし、こちらからも出来ない。シンタローさえも直接訪れる。

「どうしてあんなことになっちまったんだ?」

「グンマはどうしている?」

質問の答えになっていない。

「…あれからすぐに気が付いた。意識障害もなかった。だがキンタロー、お前グンマになんて事をしたんだ。」

「抵抗できないようにしておいて、抱いた。」

「そんな生易しいもんじゃねえだろ!あいつの身体中に傷があった。必死で抵抗したはずだ!」

「…嫌がられたから。グンマは俺のものなのに、俺を拒んだ…。」

ガタン!椅子を蹴ってシンタローが立ち上がった。

「いいかげんにしろ!もう少し俺が見つけるのが遅かったら、本当にグンマは死んでいた!」

「そうだな、今のグンマは違うグンマじゃない。俺をまだ知らなかった頃のグンマだ。俺に出会う前のグンマだ。」

俺を知らなくて当然だ。それなのに、何に対して腹を立てていたのか。もう少し冷静になれば判った事なのに。

「シンタロー。」

「何だ?」

「アイツは、俺の事をまだ憶えているのか?」

「…あれからお前の名前を出していないからな…どうだろう?」

「会いたい、グンマに。」

「駄目だ。」

「会って、話がしたい。」

シンタローが黙って首を振る。どうして?今は高松がつきっきりで治療をしているはず。

「このまま、会わずに過ごす事なんて出来ない。せめてグンマの姿を見たい。」

「もう、忘れろ。」

それだけ言うとシンタローは踵を返し、ドアに向かう。

「お前には見せたくない。毎日行く俺でさえ、あんな様子は…。」

最後まで言わずに部屋から出て行く。一体、グンマはどうなっているのか。

 

 

ここには鍵は掛けられていない。意を決して部屋を出た。

怖かっただろう、初めて会った男にあんな目に遭わせられては。自分の一方的な思い込みで深く傷つけてしまったかもしれない。

「グンマ。」

声に出すだけで胸が痛んだ。

 

 

今までは当たり前に訪れていたこの部屋。入るのが恐ろしい。

だが、自分の事を憶えていてくれさえすれば、どんな非難の言葉を浴びせられても構わないとさえ思う。

 

 

「誰?」

気配を察したのか中から声が掛かる。ゆっくり姿を見せると、ベッドに腰掛けていたグンマが驚いて立ち上がった。しかし口から出た名前は…。

「お、お父さん?」

やはり憶えてはいなかった。しかも記憶は遡り続けているらしい。

「俺はルーザーではない。イトコのキンタローだ。」

「イトコ?」

今のグンマはいくつなのだろう?

「オマエは何歳だ?」

「え、14歳。」

「シンタローが士官学校に入った歳か。」

「キンタロー…さんも、シンちゃんの事、知ってるの?」

「知っているも何も!」

大声を出しそうになって慌てて止める。そしてため息。

「また、来る。」

何か言いたげなグンマに背を向けた。

 

 

ドアの外にはシンタローが待っていた。

「部屋にいなかったから、ここだと思った。」

「グンマは…俺がした酷い事を何一つ憶えていないのか。」

「だから来るなと言ったんだ。」

苦々しげに言い放つ。

「ここで話すのも何だ。俺の部屋に来い。」

早足で歩き始めるシンタローの後に続いた。歩調を早め横に並ぶ。

「あいつは…。」

部屋まで待ち切れない様に喋り始めるシンタローを横目で見つつ、黙ってそれを聞く。

「グンマはああ見えて随分我慢強い奴で、ただ我侭を言っていただけじゃないんだ。好きな研究もロボット造りも、どれだけ佳境に入っていても、あと少しで完成できるという段になっていても、そこで中止と言われれば黙って全てを破棄してきた。」

「そんな…。」

「本当だ。研究データやプログラムも、今までの人生の割に残っている物が少なすぎると思わねえか?」

 

確かに、普通なら途中で止まっている物や、造りかけ、失敗のデータがもっとあってもおかしくない。

 

「前のガンマ団の頃は、武器の開発もしていたはずだ。証拠を残さないように、隠すのではなくこれも何一つ残らず消してきた。」

「なっ…!」

「自由に好きな研究をさせてやりたかった…。それより今の立場も、自ら望んでいた訳ではないかもしれない。戦いの場に出ないのであれば、そこしかグンマの居場所はなかったからな。」

 

足を止める。

シンタローが振り向いた。

 

「グンマの人生は、何だったんだ…。」

自分が泣いてどうする。しかし涙が止まらない。

 

「これは黙っていろと言われていたんだが…。『キンちゃんの今までの埋もれていた人生の時間を、これからの人生で全てを取り返せる位、ぼくが幸せにしてあげたい』と…。お前の事が大好きだと、俺にも嬉しそうな顔で…グンマは…。」

シンタローの声も震えていた。

何不自由なく生きてきたように、軽くおどけていたグンマ。その心の中を、自分は何も判ってやれなかった。

「俺は、あいつのために何ができるんだ?」

「そんな考えは持つな。グンマの傍に居たいならそれもいい。あいつを、傷付けないなら…。」

「この前の事は悪かった。…もう落ち着いた。」

「少し俺の部屋で飲もう。今日の仕事は終わりだ!」

シンタローも忙しいだろうに。自分に付き合ってくれている事を言葉にせず、こんな行動で表してくれる。

「…そうだな、すまん。」

「そんなに素直だとお前らしくないぞ。まあ、来い。」

これからの事を少し考えたかった。

 

 

 

 

そして、翌日。

 

「グンマ、入るぞ。」

再び部屋を訪れる。初めて出会ったような顔をされても今度は落ち着いて対応し、イトコだと告げて話を続けながら、持参したココアを淹れた。

「美味しい、ありがとう。」

にっこりと笑いながらカップを口に運ぶ手元を見る。長袖の袖口からは手首に巻かれた包帯が見えた。まだ完全には治っていないのか。それ程酷い傷だったのか。

キンタローの視線に気が付いたグンマが、カップをテーブルに置いた。

「これ、暴漢に襲われたんだって。毎日高松が薬を塗ってくれるから殆んど治ってるんだよ。」

暴漢か。あの時の自分は確かにそうだったかもな、と思い出す。

「もう外してもいいと…思って…。あれ?…目が回る…。」

ゆっくり椅子からずり落ちて床に転がった。スヤスヤと寝息を立てている。睡眠薬なら害はないだろうと予めココアに混ぜておいたのだ。

優しく抱き上げベッドに運ぶ。

これからは同意の上での行為は無いであろう。

それでも、グンマを求める。

こんな形でしか抱けなくてもいい。

グンマといられるなら。

嫌がられて泣かれるよりは、その目を閉じていてほしい。

 

行為が終わるまで、グンマは眠っていた。

 

 






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