「くれぐれも、変な気は起こさないように。」

身支度を整えた男が部屋を出ようとして振り返る。

「浴室は判りますね?シャワーを浴びておいてください。すぐに食事をお持ちします。」

そう言われても起き上がれない。体に力が入らない。

返事をしない自分をちらりと横目で見て、男は先ほどはこちら側から開かなかったドアに軽く触れる。すると音も無くそこは開き、男が出て行った瞬間に静かに閉まってしまった。どうやって開けるのだろうか?知っている気がするが思い出せない。

ほどなくして、男がワゴンを押して再び姿を見せた。湯気を上げる皿が見える。

「まだそのままですか?私がお手伝いしてさしあげましょうか?」

それは嫌だとゆっくり起き上がり、鉛のように重い身体を引きずるようにして浴室へたどり着く。シャワーから迸る熱い湯を受けながら、水音に隠れて泣き続けた。外には聞こえないだろうという位の僅かな嗚咽。

 

「随分とごゆっくりでしたね、せっかくの食事が冷めてしまいますよ。」

男は待っていた。

そして、自分の髪の毛から落ちる水滴を見ると、さっと近づき慣れた手つきでタオルを使い、髪だけではなく身体中の水気を拭き取った。

「まるで子どもですね。」

そう言うと、形は同じだが真新しい服を着せられた。

「毒などは入っていません。貴方にはまだ死んでもらっては困るのです。」

本当はこのまま毒を盛ってもらった方がましだと思う。

「それでは、ごゆっくり。」

男がワゴンごと食事を置いていなくなると自然に涙が溢れてきた。

「…う…。」

その場にしゃがみ込んで声を殺して泣く。

自分は、これからどうなるのだろう?

 

 

 





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