遠い昨日の誓い(1) 「珍しい」 夕暮れ迫る教室には、いつもなら最後までグラウンドで汗を流しているはずの山本の姿があった。 どうしたの?と聞く前にオレの様子を察したのか 「汗はかいてきたんだぜ、ヒバリんトコでな〜」 なんて言うもんだから、思わず慌てて辺りを見回してしまった。幸い他に人は居ない。 もうすぐ下校時刻。次にチャイムが鳴れば風紀委員の校内見回りが始まる。 「ツナこそひとりか?獄寺は?」 「あ、日直だったからね。京子ちゃんと日誌を出しに職員室。戻ってきたら一緒に帰るんだけど」 「誰と一緒に?」 「え?」 この場合、みんなで一緒に帰るってのが普通なんだろうか。一日の出来事を話しながら、笑いながら門を出る。そんな図を思い浮かべて、だけど現実はそうではなくって。 あ、でも。 「雲雀さんとは一緒に帰らないの?」 「ん、もう少し時間かかるってさ。結構いつも遅くまで残ってるぜ」 「だよね、ってか、登下校を雲雀さんと一緒にすることまずないだろ」 山本ってば朝は早朝練習でいつも早いし、下校時刻には雲雀さんがいないし。 だから、かな。 「でも不思議なことにな、毎日ヒバリとは朝や帰り間際に顔合わすんだぜ」 それ、向こうが山本に合わしてくれてんだよ。本当に群れるのが嫌いな人だ…。 オレなんか獄寺くんと四六時中一緒に居ても、時に不安になることもあるってのに。 そんな山本だから、少しだけ…。 「ごめん、ちょっとだけ、いい?」 荷物をまとめた山本が帰ろうとするのを止めて 「ほんと、ちょっと…」 立ったまま正面から抱きついてみた。 やっぱり獄寺くんより背は高い。筋肉も付いてて、だけどマッチョとは違う。 いやいやそんな事どうでもいいんだけど。 「あのさ、それ、俺じゃなくて獄寺にすれば?言いたい事あるけど何て言っていいかわかんね、って時はとりあえずくっついておきたいよな?ああ、でも下手に抱き合っちまうとやりたくなるし…そんな感じ?」 「…まさにその通りなんだけど…。オレ、獄寺くんが好き過ぎて怖いよ」 「怖い?」 「嫌われるのが怖い。嫌われたらどうしようとか、一緒に居られなくなったらどうしようとか、考え出すとキリがない」 時々本当に心配になる。獄寺くんはこのオレと居て楽しいんだろうかと。正直全然世界が違うと思う。いつか、それに気付いた獄寺くんがオレに背を向けてしまうのではないか。 …オレから離れてしまうのではないか。 「あのな、ツナの方から手を離すなよ」 「どういうこと?」 「いくら自信がなくたって、自分から獄寺を遠ざけんな、って意味」 「山本…」 「逆に引き寄せないとな。多分あいつもそれを望んでるぜ?」 「どうしたの今日は。らしくない…まあいいけど…ああでもそうか、そうだよな」 ひとり納得して自己完結。 「山本も雲雀さんに同じ想いを持ってる?それ、もしかして本人に言っちゃった?」 「言った、そしたらヒバリ何て答えたと思う?」 「怒られた?」 少し間をおいて、山本は言った。 「笑われた」 と。 「…はい?え?ごめ…もしかしてオレの聞き間違い?」 思わず身体を離して見上げると、そこにはいつもと変わらない人懐っこい笑顔でオレを見ている親友がいる。 「笑われたって聞こえたんだけど、その、あの雲雀さんも笑うの?」 いつだって殆ど表情を変えないし、口の端が下がって目を細めると怒っているなと辛うじて判る程度の変化しか判らない。常に冷静で冷たい感じのするあの人が、よりによって笑っただって? 「俺もてっきり怒られるかもって覚悟したらさ」 『面白い事を言うね。ありえない心配なんて、するだけ時間の無駄だ、ははは…』 「…ってさ。」 ひえええ〜想像できないんですが…。頭の中で映像をイメージしても、雲雀さんの目の部分にはモザイクがかかってしまって…。 「まあ、あれだ。俺その一言で安心しちまって納得したんだけどな、お前らは俺達とは違うからな」 「それはそうだけど…ああびっくりした。今の獄寺くんに言ったら絶対同じように驚くよ」 まじっすか!?アイツも人間だったんっすね!なんて言っちゃう獄寺くんの顔が浮かぶ。 「だから、ツナも本人に確認してみれば?」 「それはまた今度にする。心の準備ができてな…」 「ああっ!テメー10代目に何してやがる!」 「あ、ごめんなさい、お邪魔だった?」 「うわ!獄寺くんと京子ちゃん!違う違う、オレ山本に悩み相談してただけ…!」 開けっ放しだった戸からひょこっと入ってきた2人に動揺してあたふたしながら、ちらりと山本に目を向ける。 「今日のことは、まだ獄寺くんには内緒にしてて!」 小声で囁いたのに返事は大声で返されてしまった。 「わかった、ナイショな!」 「こらー!」 「何10代目と内緒な話してやがる!俺にも教えろ!」 「やまもと〜!」 阿鼻叫喚な騒ぎの中、京子ちゃんはそんなオレ達を静かに微笑みながら遠巻きに見守ってくれていた…。 「あの、今日の山本との内緒話なんですが」 きたきた、このまま忘れてくれるとは思っていなかったから軽く身構えて、 「本当に何でもない軽い話だよ」 と受け流す。 結局あの後はみんな揃って下校になって、お互い分かれ道でさよならして、一旦家に帰ってから「今から行くね」と獄寺くんに電話したんだ。 「それより面白い話を…」 「10代目」 「…しようと思ったらその前にあれを言わなきゃいけないよね。やめた」 「10代目!聞いてください!」 「はい」 「今日のあれ、山本には言えて俺には言えないんですか?」 「言えない。言わない」 「俺、そんなに10代目に信用されていないんですか…」 がっくりと肩を落とす君には悪いけど言えないよ。 オレを嫌いにならないで、なんて女々しいこと。 「俺、さっき10代目の電話受けて嬉しかったんです。みんなの前じゃ言えなくても、わざわざこっそり教えに来て下さると思ってて…ならどうして、何しに来られたんですか?」 おっと。 いつもとは違う強い口調に少々びびる。このまま帰れといわれたら、今日は素直に帰ってしまおう。…という淡い期待を軽く打ち砕いた次の言葉。 「なら、教えて下さるまで帰しません」 「は?」 「口を割る方法を10代目に施すなんて、できればしたくなかったんですが…」 ゆっくりと世界が回った。あれ?オレ押し倒されてて、獄寺くんが上に乗ってて…? 「ちょっ…と…」 待って。なにこの展開。思考がぐるぐる渦を巻き、とりあえず起き上がろうと身体に力を込めた。だけど腕力の差は余りにも大きい。 オレ、やられちゃう? 切羽詰った表情で見下ろしてくる獄寺くんを、オレもじっと見返していた。 ※ てへ。続きます(20100815) |