Home  Top


伏見・寺田屋



印が有る画像はマウスを乗せると画像が変わります

ここは、「京都伏見区南浜町」に残っている
坂本龍馬」、縁の「寺田屋」です
と言っても、この画像は
こんな所に建っている〜みたいな・・・
普通の民家の間に、今でも
泊まれる維新の旅籠として
改造されているみたいです。
京都駅八条口 京阪ホテル」前から
市バス81京橋下車」100mです
この辺りは、維新当時、京に向かう船着場として
とてもにぎやかな場所だったらしいです

これが、寺田屋ですね。
平日にも拘らず、沢山の観光客にはビックリでしたね
坂本龍馬ファンの方達なのでしょうね(笑)
女性の方より、男性の方が多かったような・・・
後は、旦那さんらしき方が奥様に
説明をしながら見学されてました(苦笑)
私も、「
司馬遼太郎」さんの「竜馬がゆく」を
読んでて良かった〜て感じでしたね
ここを訪れたのも、実はこの本を読んだから
だったりして〜(爆)
正面から見た感じは、それ程広いって感じは
しなかったのですが、奥行きは有りましたよ・・・
入り口を入ると広い土間が・・・
昔は、ここで旅で汚れた脚の塵を洗い落として
たんだろな〜と想像したりして(笑)
土間を上がった所が左の画像です・・・
今は、お土産や管理人さんの部屋があったりで
昔より狭くなってるみたいですけど
一番奥に2階に上がる階段があります
暖簾の奥は、寺田屋の女将だった「
お登勢」さんの
部屋があったところです。

ここは、2階の「梅ノ間」です、当時龍馬が
愛用していた部屋です。
そんなに広い部屋ではないのですけどね・・・
ここには、龍馬縁の品が置かれてました
2階には、それでも6〜7部屋有りましたかね〜

2枚目の画像は、慶応二年に幕史の襲撃を受けた時に
龍馬が発砲した拳銃の弾痕後らしいです
だけど、良く見ても判り辛かったです(苦笑)

ここは、寺田屋が建つ一筋向こうの川です。
昔は、こんな感じで、あちこちの藩から
京に向かうために、ここまで船で発着して
いたのでしょうね・・・
今でも、そんな雰囲気を残しているのかな〜と
しばし、川面を眺めてました(笑)


2枚目の画像は、維新前の寺田屋です
船つき場の奥がそうです。
現在は、昔より少し移築されたみたいです
ここは、寺田屋の風呂場です。。。
決して広くないし、寒かっただろうな〜
と、第一印象(苦笑)
ここで、「
お竜さん」が寺田屋を取り囲んだ幕史に
気付き、裸のまま2階の龍馬の部屋に
知らせに行ったんですね
寺田屋とは、維新史を語る上では
必須とされる「
寺田屋事件」の舞台となった所です
ここで、私が説明しても???ですよね
機会や興味がある方は是非に
竜馬がゆく、読んでみてくださいな(笑)
龍馬の碑の後ろに建つ碑は(薄くて見え辛いです・・・)
寺田屋事件で犠牲になった、九名の志士のために
維新後明治二十七年に
建てられた「
薩摩九烈士碑」の碑です

2枚目の画像は何だったか(汗)
龍馬にまつわる何かが書かれているみたいです
史跡 寺田屋」とありますが
ここに建っていたのかな〜
寺田屋を訪れて、この部屋で、この場所で
坂本龍馬や幕末の志士の人達が
どんな思いで、どう過ごされたのだろう・・・
なんて色んな思いを巡らしつつ
寺田屋を後にしました(笑)


Back  Next