更新日 1989年(平成元年)5月23日〜2023年(令和5年3月18日)
※ 私なりの解釈なので、あくまでも参考までに。
※ 突然の解説変更ございます。
少陽病脉證并びに治・第九
少陽病の脈状と証候ならびに、それに対する治方を詳しく述べたもの・第九
(1)少陽之病、口苦く咽乾き目眩く也。
少陽の経が病むと、口が苦く、咽が乾き、目が回る。
(2)少陽中風兩耳聞く所無く、目赤胸中滿而煩する者は吐下す可から不。吐下すれば則ち悸而驚く。
少陽の経が風に中てられると、両方の耳が聞こえなくなり、目玉の白い所が赤くなり、胸中が満って悶える。
そういう者には吐かせたり下したりしてはいけない。吐き下しを起こさせれば決まって恐れ驚くようになる。
(3)傷寒脉弦細、頭痛發熱する者は少陽に屬す。少陽汗を發す可から不。
傷寒で、脈が弦細で頭痛して発熱する者は、太陽には病は無く少陽にあるのだ。
少陽病の者は汗を発してはいけない。
汗發すれば則ち譫語す。此れ胃に屬す。胃和すれば則ち愈ゆ。和せ不れば則ち煩而悸す。
汗が出ればうわ言を言い出す。これは発汗により病が胃に属したので胃を和してやれば癒えるはずだが、
胃が和せない場合は悶えて動悸するようになる。
(4)本太陽病解せ不、轉じて少陽に入る者は脇下コウ(革+更)滿乾嘔し食す能は不、
元々太陽病だったのが解れないで転じて少陽に入る者は、横腹が硬くなって満り
乾嘔(ゲェゲェともどしたがるが胃の中身は出ず)し、乾嘔が有るので食べることが出来ず、
往來寒熱尚未だ吐せず脉沈緊の者は、小柴胡湯を與ふ。
寒気と熱とが交代に出て、未だに一度も吐下を加えたことはなく、脈が沈緊の者には小柴胡湯を与えてやる。
(5)若し已に吐下發汗温鍼し譫語するは柴胡湯の證を罷む。
もし既に吐下や発汗や温鍼をしてからうわ言を言う者は、小柴胡湯の証はもう無くなったのである。
これは柴胡の証にみえても当てはまらない病となったのだ。
此れ壊病と爲す。何の逆を犯したるか知り、法を以て之を治せ。
これを壊病とし、吐したからか下したからか発汗したからか温鍼を与えたからか、
この壊病を来たした原因を明らかにして、解く法をもってこれを治してやれ。
(6)三陽の合病、脉浮大關上上り但だ眠睡せんと欲し、目を合はすれば則ち汗す。
太陽陽明少陽の合病の場合、寸口と関上が浮大で特に関上は著しく但だウツラウツラして訳も無く夜も昼も寝たがり
トロトロと眠りだすと直ぐに汗が出るものである。
(7)傷寒六七日大熱無く其の人煩躁する者は此れ陽去り陰に入るが故と為す也。
傷寒になって六七日経って、身体に触っても熱くないのに、その病人は熱がって悶える者は、
これは病が陽の位の外を離れて陰の位の内に入ったからである。
(8)傷寒三日、三陽盡ることを爲せば三陰當に邪を受くべし。
傷寒になって三日目は、三陽が邪を受ける時で、太陽陽明少陽の三陽が邪を受け切れば、
順序として当然太陰少陰厥陰の三陰がその邪を受ける番であるが、
其の人反って能く食而嘔せ不るは此れ三陰邪を受け不と爲す也。
この時に食欲が出てしかも吐かない者は、これは三陰が邪を受けなかったからである。
(9)傷寒三日、少陽の脉小なる者は、已まんと欲する也。
傷寒になって三日目に、少陽の脈が小の者は、病が外で止まって内に入らなかったのである。
(10)少陽病解せんと欲する時、寅從り辰上に至る。
少陽病が自然に解けようとする時刻は、一日の中で朝の三時から九時頃の間である。
《少陽病脉證并びに治・第九》
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